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脅しのゲームと信頼のゲーム

交互進行ゲームのように時間の経過をゲームに取り入れる場合、どうしても起こりうるのが「時間不整合性」です。

 

これは時間の経過にしたがってプレイヤーにとって望ましい行動が変わってしまうことを言います。以下ではこの時間不整合性について具体例を挙げて解説するとともに、プレイヤーがそれに対してどのように対処できるかについても考えてきます。

 

例題1

 

筋肉隆々の大男と小柄な女性が酒場で言い争いになりました。周囲も言い争いに気づいていましたが、大男があまりにも屈強そうなので誰も手出しができません。そんな相手にもかかわらず女性は臆せずに自分の意見を主張し、今にも飛びかかりそうな勢いです。

 

実は女性は小さい頃から格闘技を習っていて、大男程度の男性なら今までいくらでもやっつけてきたので、全く怖くありません。対して女性に立ちはだかる大男の方は、筋力トレーニングを10年以上も続けているために、30kgのダンベルくらいなら軽く投げ飛ばせるほどの力を持っています。

 

ところが喧嘩に至っては全くの素人で、人を殴ったことなどない温和な性格。しかし女性からしなだれかかってきたにもかかわらず、こちらが相手にしないとなると「痴漢だ!」と責め立てるので、思わずかっとなり言い返してしまったのです。

 

喧嘩になれば間違いなく大男が負けてしまいます。大男は痛いのが大の苦手。なんとかしてこの事態を切り抜けようと、頭をめぐらせます。さてこの状況をゲーム理論に当てはめて考えてみましょう。

 

解説

 

もし女性が大男との格闘を選び、大男もこれに応戦すれば女性は多少なりとも傷は追いますが最後には大男を打ち倒すことができます。女性の勢いに押されて大男が先に謝れば、女性は納得し、大男は無傷で家に帰ることができます。

 

大男のあまりの筋肉にさすがの女性も恐れをなし、女性から喧嘩を切り上げれば、大男は女性に手を出さずに黙らせたナイスガイとして酒場の注目を浴びることができるでしょう。この利得関係をゲームの木に表したのが下図です。

 

脅しのゲーム

 

後ろ向き帰納法を使ってこのゲームの部分ゲーム完全均衡を導き出してみましょう。女性が大男との格闘を選ぶと、大男は謝るほかありません。女性は自分を袖にした大男をコケにしたいので、この予測がつけばすぐさま殴りかかろうとするでしょう。

 

大男はできるなら情けない姿を見せたくないので、なんとかしようと策を巡らせた結果、持っているビールジョッキを握力だけで粉砕し、「お姉ちゃん、いい加減にしな」と言い放つなどして脅しをかけるかもしれません。しかしこれは「信頼性のない脅し」以外の何物でもありません。

 

このとき「時間不整合性」が起きています。すなわち、女性が格闘を仕掛ける前なら大男は女性を脅すために「やってやるぞ」という姿勢を見せなくてはなりません。ところが女性が一度戦う姿勢を見せた途端、大男が取るべき戦略は「謝罪する」に変わってしまうのです。

 

大男が勝負に勝つためにはどうすればいいか

 

この本来は温和な大男が、女性とのゲームに勝つにはどうすればいいのでしょうか。問題は「やってやるぞ」という姿勢を見せて、本当に女性に殴りかかられた場合、大男には謝るしか選択肢がない点にあります。

 

この状況で大男ができるのは「戦いを挑まれても利得を最大限にできるようにルールを変えること」です。そうすれば脅しにも信頼性が生まれ、大男はゲームに勝つことができます。彼を勝たせるために「コミットメント」という方法の例を見ておきましょう。

 

例題2

 

隣接する家電量販店KとYはライバル同士です。Yは規模は小さいものの店舗の地力は強く、価格競争になれば勝つ自信を持っています。対してKは規模こそ大きいものの薄利多売で、激しい価格競争になれば勝つ自信はありません。

 

しかしどうしてもYに勝ちたいと考えたKは、こんな売り文句を看板に掲げました。「他店より1円でも高い商品があれば必ず値下げします」。さてこの両店舗の力関係は、この売り文句でどのように変化するでしょうか。

 

解説

 

もしYが本当に値下げ競争に踏み切ってしまうと、Kは早々に価格競争から下りて譲歩せざるを得ません。しかしYが価格競争に応じなければ、なんとかYに勝つことができます。これはまさに大男と女性の関係と同じです。

 

脅しのゲーム2

 

本当に価格競争に持ち込まれれば太刀打ちできないが、安売りができるという姿勢は見せておきたい、というわけです。このような状況において「他店より1円でも高い商品があれば必ず値下げします」という売り文句は、Kが勝利するために非常に大きな効果をもたらします。

 

というのもこの売り文句がある以上、Yが値下げをすればKも値下げをせざるを得ません。これに対してYが値下げをしても、Kは消費者からの信頼を損なわないために値下げをし続けるでしょう。これを繰り返せばYもどんどん利益を削っていかなくてはなりません。

 

それを予想したYは価格競争を仕掛けず、現状維持に甘んじるのです。

 

大胆な作戦で優位に立つ

 

このように事前に自分の選択肢に縛りを設け、相手への脅しの信頼性を生む方法を「コミットメント」と言います。あえて自分の不利になるような状況を作ることで相手も巻き込む大胆な方法です。

 

大男と女性の場合なら、大男が「いいだろう、かかってこい!しかし俺は一切抵抗しない。好きなだけ殴ればいい」と男らしく言うという方法が挙げられます。このような男らしい相手を殴れば、女性の本来の目的である「大男をコケにする」ことはできません。

 

もし怪我をさせられたとしても、むしろ大男の株を上げてしまうでしょう。「手出ししない相手を殴った女」として後ろ指を指される可能性もあります。

 

結果男は無傷で、しかも男らしい人物として酒場の注目を浴びることができるのです。

 

例題3

 

大男と女性、電気量販店KとYのような例は「リスクのある経営」と「健全な経営」のいずれかを検討する銀行と、その銀行が破綻した場合に「救済する」か「救済しないか」を検討する政府の関係にも当てはまります。

 

銀行は健全な経営をすればリスクも小さくなりますが、儲けも小さくなります。金融機関が安定した利益を上げていれば政府としても金融システムが安定するのでメリットがあります。

 

対して銀行がリスクのある経営を選べば、うまくいけば健全な経営よりはるかに大きな利益が得られますが、失敗して破綻する危険もゼロではありません。

 

もし破綻した場合に政府が救済してくれるのであれば利益も出ないかわりに損失もゼロです。しかし、もし政府が救済しなければ銀行も政府も大きな損失を受けます。

 

解説

 

この関係をゲームの木で示したのが下図です。銀行がリスクのある経営を選んだ時の成功確率を1/2、失敗して破綻する確率を1/2とします。

 

脅しのゲーム3

 

確率的な事象の意思決定ノードは「自然」というプレイヤーの選択として表現します。このゲームの結果を考えるためには図2のように期待利得を計算しなくてはなりません。

 

もし政府が救済する場合、銀行がリスクのある経営を選ぶときの期待利得は2です。

 

<政府が救済し、銀行がリスクのある経営を選ぶ場合の期待利得>
(成功した場合の利得)×(成功する確率)+(失敗した場合の利得)×(失敗する確率)=4×1/2+0×1/2=2

 

<政府が救済せず、銀行がリスクのある経営を選ぶ場合の期待利得>
(成功した場合の利得)×(成功する確率)+(失敗した場合の利得)×(失敗する確率)=4×1/2+(−10)×1/2=−3

 

このように見ると銀行は、政府の救済があるならば「リスクのある経営」を、救済がないのならば「健全な経営」を選ぶべきです。しかし、もしこのときに政府が「救済はしないから健全な経営を心がけよ」と脅しをかけたところで、「信頼性のない脅し」でしかありません。

 

政府は銀行と心中するよりは、救済をして損失を軽減すると推測できるからです。このときの政府と銀行の関係は完全に大男と女性、家電量販店KとYの関係と同じです。

 

政府が銀行に健全な経営をしてもらうには

 

政府が銀行に健全な経営をしてもらうには、銀行に対して「本当に救済をする気はないぞ!」という姿勢を見せなくてはなりません。

 

しかし政府のこのような姿勢は多くの場合貫かれることはありません。いくら「銀行が破綻しても政府は救済してはならない」という法律を作ったとしても、国全体の金融システムが破綻するほどの危機になれば緊急的な対応として別の法律を作り、救済せざるを得ないからです。

 

したがって政府が銀行に健全な経営をしてもらうには、銀行に努力をしてもらうしかありません。これに対して大男のように衆人監視の状況で女性に脅しをかけたり、家電量販店Kのように消費者に対して「他店より1円でも高い商品があれば必ず値下げします」というコミットメントをしていれば、あとには引けなくなります。

 

このように第三者の力を借りると、コミットメントの信頼性を担保してもらうこともできます。

 

信頼のゲームにおける時間不整合性

 

「信頼」と「裏切り」をめぐる時間不整合性のゲームを脅しのゲームに対して「信頼のゲーム」と呼びます。このゲームを後ろ向き帰納法で考えてみましょう。

 

信頼のゲーム

 

Bが信頼すると決めた後なら、Aは裏切る方が利得を大きくできます。そうなれば信頼したBは損失を被るため、信頼しないことを選ぶでしょう。

 

Aからしてみれば、これでは自分の利得を最大化できません。そこでなんとかBには信頼してもらいたいと考えるわけですが、現状では至難の技です。

 

このように「信頼のゲーム」においては、「最初の段階では信頼に応える素振りを見せなくてはならないが、後の段階では裏切る方が得」(時間不整合性)という状況が発生しています。

 

類似した状況は日常の中にたくさんあります。以下では信頼のゲームの身近な例を見ておきましょう。

 

例題1

 

XはオークションサイトでYという人が出品している商品に注目していました。それはXがずっと前から欲しかった本だったのです。しかしXは入札をためらっています。希少価値が高い本なので偽物も多く出回っており、Yの出品している本が本物かどうかがわからないからです。

 

Yが出品しているオークションサイトはまだ新しいので十分な口コミ・評価機能が実装されておらず、それらを使った判断はできません。

 

対してYは偽本専門の悪徳業者。出品ページには本物の写真を載せていますが、落札者に送るのは偽物の本です。

 

解説

 

XとYの関係はまさに「信頼のゲーム」の典型です。Xはここで、こちらが信頼すると決めたとしても、出品者Yにとってはその信頼を裏切る方がメリットが大きいのだということに気づくべきです。

 

Yからすれば信頼させることが第一の目的で、あとは裏切る方が断然利得は大きくなります(時間不整合性)。

 

信頼のゲーム2

 

もしXが合理的に考えられる人間ならば、ここで信頼することはあり得ません。ではなぜYは偽本専門の悪徳業者として生計を立てられているのでしょうか。

 

信頼してもらうためのコミットメント

 

脅しのゲームでは「脅しの信頼性」を上げるために「コミットメント」を行いました。ここでも信頼してもらうためにはコミットメントが必要です。自分で自分の戦略に縛りを設け、裏切ることができないか裏切っても得にならない状況を作り出してしまうのです。

 

XとYの例で言えば、Yは出品ページに「無料返品保証」「偽物だったら全額返金」などと書いておけば、Xに対するコミットメントになります。

 

Yは悪徳業者なのでこれらも当然嘘。しかしこれが嘘かどうかを判断するための材料がXにはないため、「それなら入札してみよう」と信頼してくれる可能性があります。

 

信頼のゲームの様々な例

 

コミットメントをしなくても、プレイヤーが落札者などの評判を気にする状況になれば、裏切りのメリットは小さくなります。インターネットオークションの出品者や落札者の口コミ・評価機能がこれにあたります。

 

「裏切ると悪い評価がつく→悪い評価がつくと入札が減る→裏切れない」という判断から、出品者は落札者に対して裏切り行為を働かないシステムになっているのです。

 

レストランとその店に入ろうとする客の関係でも同じことが言えます。信頼して入店すれば客は注文し、その分の料金を支払わなくてはなりません。

 

レストラン側からすれば裏切って手を抜いた料理を出しても料金は受け取れます。しかしそんなことをすれば悪い評判が広まって二度と客が来なくなります。したがってレストランは客を裏切れないのです。

 

まとめ

 

・時間不整合性とは「時間の経過にしたがってプレイヤーにとって望ましい行動が変わってしまうこと」

 

・脅しの信頼性を生むためには「コミットメント」が必要

 

・コミットメントとは事前に自分の選択肢に縛りを設ける方法

 

・コミットメントの信頼性は第三者によって担保してもらえる場合がある

 

・信頼のゲームは「信頼と裏切りをめぐる時間不整合性のゲーム」

 

・信頼してもらうためには「コミットメント」が必要

 

・コミットメントがなくてもプレイヤーが「評判」を気にするのであれば、裏切りのメリットは小さくなる


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