非常時に求められるリーダーシップ
大地震や大水害といった自然災害、無差別テロ、大企業の不正の発覚や事故、衆人の耳目を集めるスキャンダルの発生などが、現代では頻繁に報道されるようになってきました。
もちろん、好ましいことではありませんが、予測しがたい非常事態は、誰にとっても遭遇する可能性があります。
これら非常時に、どのようなリーダーシップが求められるのでしょうか。感覚的に語られがちなのは、「非常時こそ強力で先頭に立って組織を引っ張るトップダウン型のリーダーシップが必要だ」という考え方です。
しかし、一刻を争う非常時には、リーダー1人が何もかも指示しなければ現場が動かないという状況は、リーダーに従う人たちの手枷足枷となってしまう可能性がります。むしろ、非常時に備えて組織が機動的に動くことができる状態を整えておく方が有効であると考えられるでしょう。
この記事では、非常時におけるリーダーシップにおいて重要とされる、「エフィカシーマネジメント」と「レジリエンス」の2点について詳しくみていくことにします。
エフィカシーマネジメント
エフィカシーは日本語で効力感と訳されています。なかなか聞き慣れない言葉でしょう。一言でいうと「目標や成果の達成に対する自己能力への確信と信頼」という意味です。
このエフィカシーという概念は、スタンフォード大学の心理学者アルバート・バンデュラが提唱しました。エフィカシーが高い人は、目前に障害が立ちはだかっても、自分なら突破できると考えます。
したがって、非常時でも立ち止まるのではなく、早く行動を開始し結果に結びつける可能性が高くなるのです。
チーム効力感
この概念を個人から集団に結びつけ「チーム効力感」に発展させたのは、法政大学の高田朝子教授です。チーム効力感とは、チームが解決できるという能力に対する自信、あるいはチームで未知のものに対応できるという自信を意味します。
過去に非常事態に首尾よく対応できた事例では、この「チーム効力感」が発揮されていたというのです。オウム真理教による地下鉄サリン事件の被害者が大勢運び込まれた、聖路加病院の緊急対応などの具体例を詳細に調査して結論付けました。
このことから高田教授は、非常時には「トップダウン型」のリーダーシップよりも、スタッフ各々の自立的行動が発揮できる状態を想定して、強い「チーム効力感」を準備しておくことが重要だと主張しています。
また、非常事態に備えてマニュアルを整備している企業や官庁も多いですが、現場では役に立つことは少ないとのことです。理由としては、前提としている因果関係が結果的に的外れとなってしまうケースも多く、その後の実行手順や方法が総崩れとなってしまうことが挙げられます。
また、マニュアルで掲げられている理想形が、実際の現場では様々な理由で実現不可能となってしまうことがあるためです。さらに、非常時にはその現場にリーダーが居合わせているとは限りません。こういった場合であっても、危機対応が確実に実行に移されるために「チーム効力感」は有効です。
高田教授は、定常時にチーム効力感を高める方法として、以下の具体例を挙げています。
1. 組織内での自立的行動が好ましく受け取られるような下地を築いておくこと
2. チームの能力を「効力感」として感じ取れる小さな成功経験を積む機会を増やすこと
3. コミュニケーションメディアを多く持ち、情報を豊富に受け取れる環境を作っておくこと
非常時の対応後に行うべきこと
高田教授は、非常時の対応がひととおり終わったら、「定常状態」に戻るという常識にも異を唱えています。非常事態に遭遇したときには、定常時の対応に問題があることが判明することも数多くあるのです。
そのときに、「定常状態へ復帰」させることよりも、問題を改善し、新たな枠組みを作ったり、新たな理念を創成したりすることが重要だとしています。
それにより、チームとしての対応能力の自信が生まれ、「チーム効力感」を向上させることにつながると主張しているのです。
例1:ペヤングソースやきそばゴキブリ混入事件
2014年12月、まるか食品株式会社は、主力商品である「ペヤング ソースやきそば」へのゴキブリ混入事件を受けて、全商品の販売停止に追い込まれました。
このときの同社の初期対応は不適切であった一方、全商品販売停止を決定した後の対応は素晴らしく、その検証をしてみたいと思います。
同社は、男子大学生が、ツイッターに投稿したゴキブリの混入したペヤング ソースやきそばの内容を受け、翌日に現品を回収しました。
同社は、この大学生に「お互いのため」この投稿を削除することを提案し、大学生はこの提案を一旦受け入れ削除したものの、後日この対応に不快感を示したのです。
さらに調査結果が明らかになる前に、製造過程での異物混入はあり得ないとメディアの取材に対し回答したため、批判が殺到しました。その後の調査結果が出て、ゴキブリは加熱されていたことが判明し、第三者による出荷後のいたずらの可能性がなくなったのです。
当初対象商品の同日出荷分だけを回収していましたが、この調査結果を受けて、まるか食品全商品を自主回収し、販売停止を決断します。
この後、工場の壁を虫が侵入できないように完全に塞いだり、床の窪みをなくし抗菌仕様に改修したり、監視カメラの設置台数を大幅に増加さたりして、徹底した再発防止策を実行しました。
この間、半年間出荷が止まり、経営的には数十億円ともいわれる機会損失と、追加設備投資のコストが流出したにもかかわらず、全従業員の雇用を確保し続けたのです。
出荷自粛期間には、社長自ら回収した商品の仕訳を行い、ご迷惑をおかけした小売店を行脚して頭を下げて回ったといいます。
これらの対応が、顧客の信頼を事件前以上に高める結果に繋がったようです。翌年6月に商品の出荷を再開させると、すぐに売上高は回復し、工場の稼働が間に合わないほどの受注が殺到することとなりました。
まるか食品に見る非常時のリーダーシップ
まるか食品の異物混入をツイッターで告発した大学生への対応や、マスコミからの質問への不用意な回答などは、悪いお手本の典型です。
しかし、全商品回収を決断して以降の対応は、素晴らしいものでした。まず、対象となった商品だけではなく、全商品の販売の自粛というのは、なかなか決断できることではありません。これができた理由としては、以下の2点が挙げられています。
1. 無借金の健全経営ができていたことで、資金的な余裕があったこと
2. 日頃から、顧客第一という企業理念を社内で共有できていたこと
製造行程から商品管理まで、一新した体制で再出発することが、顧客にも理解しやすいかたちで示され、企業姿勢や商品への信頼性が従来以上に評価され直しました。
経営危機を適切なリーダーシップのもとしっかりとマネジメントすれば、事業に好影響を与えるということが示された事例といえます。
レジリエンス
エフィカシーマネジメントと並び、非常時におけるもう一つの観点として近年注目を浴びているのは「レジリエンス」という概念です。
世界各国の要人が集まるダボス会議でも、2013年に議題として取り上げられています。レジリエンスとは、逆境や困難、強いストレスに直面したときに、適応する精神力と心理的プロセスのことです。
強いストレスがあっても、それを跳ね返しサバイブしていく力は重要です。そして、このレジリエンスは平時にも鍛えることができます。
非常事態に遭遇した個人や組織に有効な概念であるレジリエンス。前述の通り、「逆境や困難、強いストレスに直面したときに、適応する精神力と心理的プロセス」のことです。
非常時に受けやすいストレスををはね返し、精神を早急に回復し、平常時通りの実力を発揮できれば、レジリエンスの強い人物または組織と言えます。
レジリエンスには、3つの特徴があります。
?回復力:心が折れても竹のようにしなやかに元に戻る
?緩衝力:打たれ強い
?適応力:想定外の事が起こっても現実的に対応できる
レジリエンスは、トレーニングによって高めることができます。英国アングリアラスキン大学の心理学者イローナ・ボニウェルが提唱する「SPARKレジリエンストレーニング」では、以下の3つのステップによるトレーニングが推奨されています。
1. ネガティヴな感情を、忘れたり気晴らしをしたりすることで底打ちする。
2. 自己効力感を高めたり、相談相手を作ったりして、精神的な困難からの立ち直りを早める。
3. 体験から教訓を得る
高信頼性組織
あらかじめ想定される非常事態を想定して未然に防いだり、非常事態が発生しても機能を停止させず維持するための組織があります。
例えば、航空管制システムや救急救命医療システムがそれにあたるでしょう。それらの組織のことを「高信頼性組織」と呼びます。
ミシガン大学のカール・E・ワイク、キャスリーン・M・サトクリフらの研究グループによると、この組織が不測の事態にも対応できるのは、次の図の5つの事柄が日常で達成できているからだということです。
高信頼性組織においては、日頃から「失敗に学ぶ」ことを評価する習慣があるため、些細な異常や失敗もすぐに報告がなされ、軌道修正がスムーズに行われる組織文化が根付いているといいます。
リーダーは、日頃から「信頼」「正義」「学習」を重んじる意識付けを部下に対して行い、維持していくことが求められるのです。
【まとめ】
・非常時に組織を有効に機能させるには、チーム効力感(チームが解決できるという能力に対する自信あるいはチームで未知のものに対応できるという自信)を日常から高めておくことが重要である
・個人や組織のレジリエンス(逆境や困難、強いストレスに直面したときに、適応する精神力と心理的プロセス)を鍛えることにより、非常時の対応を早急に行えるようになる
・リーダーが日常から「失敗に学ぶ」ことを評価する意識付けを組織のメンバーに行うことにより、不測の事態への対応力が高まる
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