実践家と研究者の理論から独自のリーダーシップ論を形成する
「リーダーシップ」という言葉は誰もが知っており、読者の皆様一人ひとりの心の中で、リーダーシップとはこういうものだというイメージを持っていることでしょう。これは、心理学でいうと、リーダーシップに関する「素朴概念」と表現できます。素朴概念は、それぞれの過去の体験や、身の回りにいた具体的人物像のイメージからきているものです。
あなたが思い描いているリーダーシップに関する素朴概念は、必ずしも明文化できるわけではありません。しかし、これを明文化し、他人に語ることができれば、リーダーシップの理解をさらに深めることができます。
つまり、素朴概念をブラッシュアップして、独自の「持論」に発展させることがリーダーシップの学習にとっては重要なのです。
この記事では、あなたがリーダーシップを学ぶ意思を持っているということを前提として、思い描いているリーダーシップの素朴概念を「持論」に高めていくために、優れた実践者や研究者の理論をどのようなかたちで取り込んでいけばよいか、簡潔に説明したいと思います。
実践家と研究者のリーダーシップ理論
実践家とは、実際に優れたリーダーシップを実地で発揮している人たちのことです。例えば優れたリーダーシップ理論を持った企業のトップなどが該当します。一方で、「リーダーシップ」を研究対象としている学者によって、多くの理論が構築されてきました。
これら実践家および研究者の理論は、どちらもあなたが「持論」を構築するうえで、大きな助けとなるものです。両者の理論を紐解いてみると、個々人が感じているリーダーシップの素朴概念と感覚的に一致していると感じる理論も必ず見つかるはずです。
このように、あなたの素朴概念を理論と重ね合わせ、取り込んでいくことが、持論構築の近道なのです。
「持論」のイメージ
さて、具体的に持論とは、どのようなかたちをイメージしたらよいのでしょうか。良い例は、スポーツ中継の解説者が語る「セオリー」です。
解説者は、名選手(=優れた実践家)が引退後に務めることが多いのはご存知のとおりです。実体験を理論として頭の中で整理し、人に語れるかたちにしたものがセオリーだといえます。
優れたスポーツ選手だった解説者でも、その体験をうまく言語化できず、何を言っているのかわからなかったり、根性論だけを唱えたり、子供でもわかるようなことしか話していなかったりする人もいます。これは、持論とはいえません。
持論は、他人に伝えることができて始めて有効だといえます。そのためには、実践して成功してきたことを、頭の中で整理整頓し理論化することが重要だといえます。
実践家の2種類のリーダーシップ論
実践家は、少々乱暴かもしれませんが、次の2種類に分かれます。素朴概念レベルのリーダーシップのイメージを持つにとどまる人々と、体系的なリーダーシップ論を明文化している人々の2種類です。
後者には、大企業のトップとしてリーダーシップを経営に発揮してきた人たちが含まれます。こう言われると、現パナソニックの創業者である松下幸之助氏や、ゼネラル・エレクトリック社のジャック・ウェルチ氏を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
この2人については、自ら著したもの以外にも多くの書籍が発刊されており、ネット上でも多くの事例を目にすることができます。そこには、リーダーシップに関する示唆も豊富に含まれています。
例1:松下幸之助に見るリーダーシップ
松下幸之助の「指導者の条件102項目」は、指導者の条件を箇条書きにしています。誰しも必ず自己のリーダーシップに関する「素朴概念」に合致する項目が見つかるはずです。
以下に一部を抜粋してみますので、「持論」構築のための素材を見つけてみてください。リーダー経験の乏しい場合には、過去の理想の上司を思い浮かべながら選んでみるとよいでしょう。
・あるがままにみとめる
・いうべきをいう
・怒りをもつ
・一視同仁(筆者注:えこひいきしないこと)
・命をかける
・祈る思い
・訴える
・落ち着き
・覚悟を決める
・価値判断
・過当競争を排す
・寛厳自在
・諫言をきく
・カンをやしなう
・気迫をもつ
・きびしさ
・決意をつよめる
・権威の活用
・原因は自分に
・謙虚と感謝
研究者のリーダーシップ論の重要性
一般に、理系の理論に比べて社会科学系の理論は、「役に立たない」というイメージが定着しているように思います。確かに、例えば工学は実地に適用されると便利になるというイメージがしやすいですが、リーダーシップに関連する経済学や心理学の分野の理論は、そういったイメージがつきにくいものです。
しかし、リーダーシップ研究では、多くの実践家の事例をもとに共通性を見出し、単純化して理論として構築していることが多く、企業や団体のトップ層から現場のリーダーまで実地に役立つ理論も豊富に見出すことができます。
また、現場で利用できるリーダーシップを測定するツールや、研修で利用できる素材も開発されています。
「役に立たない」と決めつける前に、多くの理論にまずは触れてみることが肝要です。このとき、よく考えずに盲目的にそのまま取り込んでしまう必要はありません。役に立つ、あるいは自分の感覚に合うと思ったもののみを取り入れて、「持論」を構築してゆけばよいのです。
実践に役立つリーダーシップの持論を手に入れるためには、体系的に整理された理論に触れて、個々の「素朴概念」と関連付けることがとても有効です。
研究者の言葉を日常語化して持論に取り込む
さて、持論を形にするために研究者の理論から取り込みたい事項が見つかったとします。このときに問題となるのは、聞き慣れない専門用語が使われており、それを取り込んだときに、自分の言葉としてしっくりこないと感じてしまうことです。
そのような言葉が出てきた場合には、その言葉を簡単な日常語に置き換えて取り込んでみるとよいと思います。
例えば、1990年代以降「リエンジニアリング」という言葉がよく使われるようになりました。これは、「事業プロセスの再構築」と説明されていますが、「仕事のやり方の見直し」と言い換えれば、小中学生でも理解できると思います。
持論を持つために
さて、最後に、これまでの説明を前提に明文化した「持論」を持つためのプロセスをまとめてみましょう。
1. どのような人物が素晴らしいリーダーシップの持ち主かを考える
身近な人物や上司など、過去に出会った人物で優れたリーダーシップを発揮した人の良い点を書き出してみる。
2. 実践家や研究者のキーワード(文章)を集める
書物やネット上の情報から、企業経営者などの実践家やリーダーシップの研究者たちが発したキーワード、心に残る文章を集めてみる。ここで重要なのは、自分の置かれた状況や感性に照らして、合致する内容に絞り込むことである。
3. 似たような内容のグループを作る
1、2で集めた言葉を同じような意味を持つグループに分類してみる。グループは、5つ以下にまとめられれば理想的である。
4. 自分の言葉に置き換えグループごとに文章化する
3で分類したグループごとに文章化してみる。専門用語や聞き慣れない言葉は、一般的に理解しやすく、自分でも使い慣れている言葉に置き換える。
5. 他の者と議論する
もし可能であれば、誰かとリーダーシップに関して議論をして、そこから得られた示唆を考慮に入れる。思い込み、誤解や思慮不足を補うことが目的である。
6. 自分に合った持論を完成させる
最終的に、「持論」を明文化したものを作り上げる。
こうしてできあがった持論を日常の行動に反映させれば、あなたも立派な実践家だということができるでしょう。
【まとめ】
・リーダーシップを学びたい者は、自ら実践家としてリーダーシップの持論も持つことを心掛けるべきである。
・持論は、明文化することではっきりと意識でき、他の者に示すことも可能となる。
・そのためには、有能な実践家の著書や研究者の理論から取捨選択し、自分の持論と関連付けることが重要である。
関連ページ
- リーダーシップの究極の二軸(課題関連行動と人間関連行動)
- 仕事におけるリーダーシップとは…意味と必要性、身につけ方を学ぶ
- オーセンティック・リーダーシップとは
- 変革型リーダーシップとジョン・コッターの8段階プロセス
- リーダーシップ開発…次世代のリーダーを育成する
- 非常時に求められるリーダーシップ
- リーダーシップとフォロワーシップ
- ジョン・コッターから学ぶリーダーシップとマネジメントの違い
- リーダーシップとネットワーク(権力行使から依存関係へのシフト)
- パワーと影響力によるリーダーシップ
- 実践家と研究者の理論から独自のリーダーシップ論を形成する
- リーダーシップ論基礎:世界中の様々なリーダーシップ理論を理解する