リーダーシップ論基礎:世界中の様々なリーダーシップ理論を理解する
リーダーシップは世界中でさまざまな研究がされてきました。そして、現在までに、多くのリーダーシップ理論が確立されています。ここでは、世界中のさまざまなリーダーシップ理論について解説していきます。
行動理論
国家の元首や宗教団体の教祖などのリーダーは、古代から永らく、先天的に備わる類まれな資質を持った者のみがふさわしいと考えられていました。しかし、人間の資質を科学的に分析する手法が編み出された後、必ずしも優れた資質を持つ者だけがリーダーシップを発揮しているわけではないことが分かってきました。
1940年代になると、優れたリーダーの行動に関する研究に多くの学者が携わりました。これらの「行動理論」と呼ばれる研究の中から、「PM理論」と「マネジリアル・グリッド」を紹介したいと思います。
PM理論は、1960年代に九州大学の三隅二不二らによって提唱された理論です。リーダーの行動には、集団の目的達成のための行動と集団の維持を目的とする行動の2因子があるとしました。それぞれをP(Performance)行動、M(Maintenance)行動と名付けたことからPM理論として知られています。
マネジリアル・グリッドは、テキサス大学のロバート・ブレイクとジェーン・ムートンにより提唱されたリーダーの行動分析ツールです。彼らの研究グループは、リーダーの行動の動機を「人への関心」と「生産への関心」の2軸でとらえ、両者の関心がいずれも高い場合にリーダーが最も優れた機能を果たすという結論に至りました。
例1:思い出深い小学校4年生の時の担任の先生
Tさんには、50歳になった今も心の師とする小学校時代の先生がいます。小学校4年生の時に1年だけ担任となったA先生です。情熱を秘めた教師でした。小学校4年生ともなると、反抗期にさしかかる年代です。
しかし、Tさんたち生徒は、生徒の扱いを知り尽くしたA先生に巧妙に導かれ、クラス全員が一体感をもって共に成長する充実感を身をもって体験したのです。
最初は、少々怖い先生という印象でした。明らかなルール違反をした生徒は、即刻お叱りを受けました。しかし、後に引かない叱り方で、生徒が委縮しないよう、次にうまく行動した場合にはさりげなく褒めるということを忘れない先生でした。
ある時、クラスのルールを作ろうということになりました。小学校4年生ですから、授業中に授業と関係のないおしゃべりをしないとか、誰かが忘れ物をしたら貸してあげるとか、あたりまえのレベルの内容です。
生徒たちは自分たちで決めたルールなので、しっかり守ろうという気になりましたが、後から考えると実は巧妙にA先生に誘導されていたのでした。授業中に発言をすると、内容がどうであれ、何か良い点を見つけてまずは褒めます。成績の良い子には、ヒントを与えてさらにレベルの高い答えを引き出します。
授業についていけない子にも、モチベーションを上げるために、手助けをしながらも何かしら発言を引き出し、やはり褒めて、授業に気持ちを向けさせます。生徒個々人に合わせてコミュニケーション方法を絶妙に変えていました。
一言で表せば、生徒のモチベーションを引き出す熟練の指導者でした。いつも明るく、発する言葉にはパワーもありました。この先生にかかると、何でも納得した気持ちにさせられてしまいました。
最後に残ったのは楽しい思い出だけで、このクラスが1年で終わってしまったことで、強烈な喪失感があったことも思い出されます。今もTさんは、A先生がご健在かと気になることがしばしばあります。
PM理論
リーダーの行動をP(Performance)行動(集団の目的達成のための行動)とM(Maintenance)行動(集団の維持を目的とする行動)との2因子で分析した九州大学の三隅二不二は、リーダーを下図のとおり4類型に分けました。
さて例1のA先生は、この理論でいうと、どのポジションにいたのでしょうか。
もちろん、PM型です。ルール違反には毅然と叱る、クラスのルールを作らせる、といった行動は、P行動にあたるでしょう。褒めるという行動は、もちろんM行動です。
PM理論では、PM型が組織の成果も部下の満足度も最も有効であり、以下pM型、Pm型、pm型の順にリーダーの集団への影響力が低下していくことがわかっています。
マネジリアル・グリッド
マネジリアル・グリッドは、リーダーの行動の動機を「人への関心」と「生産への関心」の2軸でとらえています。この2軸は、PM理論でいうM行動とP行動に対応していると言えるでしょう。
それぞれ、縦横に9段階づつに分け、合計81個のマスを作りました。リーダーが行動を起こす際に、何にどの程度関心を示していたかを調査し、このマネジリアル・グリッドにプロットしていきました。
提唱者であるロバート・ブレイクとジェーン・ムートンは、マネジリアル・グリッドのどこにプロットされるかで、上の図に示したように、5種類の型があると説明しています。そして、リーダーの成果が最も顕著になる傾向が強いのは、(9,9)のチーム・マネジメント型の場合であると結論付けています。
先ほどの例のA先生は、目標をどこに置いていたのでしょうか。クラスの生徒の成績向上というよりも、人間的成長を目標に置いていたのではないかと思えます。そうした観点で見ると、やはりチーム・マネジメント型に限りなく近いと言えるのではないかと考えます。
リーダーの行動の2タイプ
「PM理論」と「マネジリアル・グリッド」においても、リーダーの行動の共通する2つの側面に注目していることがわかったと思います。2側面とは、簡潔にいうと、仕事の成果を追い求める側面と人のモラルを高める側面です。
アメリカのオハイオ州立大学では、1950年代に「リーダー行動記述質問票」が開発され、現在に至るまでリーダーの行動を測定するスタンダードとなっています。
この質問票の分析から、「部下への配慮」と「組織の構造づくり」の2点がリーダーの行動から導き出されるものであることがわかりました。
同時期に違ったアプローチからリーダーの行動を研究したのは、ミシガン大学やハーバード大学です。ハーバード大学の研究では、リーダーの行動は、「社会・感情スペシャリスト」と「課題スペシャリスト」の2種類に分類できるという結論に達しました。
一方ミシガン大学では、「従業員志向型」と「生産性志向型」の2面が明らかになりました。
これらの研究において、いずれも「集団の成果に向けた行動」と「組織のメンバーの関係性や心理に関心を向けた行動」の2軸は、ほぼ共通していると言ってよいでしょう。
行動理論の成果と課題
行動理論では、リーダーが2側面の両方に関心を寄せた場合に集団の成果が出やすいということがわかり、特別な資質を持たない普通の人物でもリーダーとして実績を挙げることができることも明確になったという成果がありました。
一方で、リーダーがこの両面に関心を寄せた場合、必ず実績を挙げることができるかというと、必ずしもそうではないことも判明しました。つまり、リーダーの行動を分析するだけでは、リーダーシップを解明するには限界があることも見えてきたのです。
リーダーの行動を分析するうえでは、現在も行動理論は有効な理論ですが、この後、リーダーシップ研究は、別の方向へも大きく展開して、より精度を高めていくこととなります。
条件適合理論
条件適合理論は、すべての環境や条件に適合して必ず成果を出すリーダーの行動はなく、成果を出すには環境に応じてリーダーの行動を変化させていくことが必要だという理論です。リーダーシップの理想的なあり方は固定ではなく、時代や事業環境の変化に伴って、適合させることの必要性を示唆しています。
代表的な理論としては、「フィードラー理論」と「パス・ゴール理論」が挙げられます。
フィードラー理論は、リーダーと集団の成員との信頼度、部下のタスクの明確さ、リーダーの人事権や報酬を与える力の3点に注目しました。それぞれの度合の高低の条件ごとに、成果の上がるリーダーの行動を示しました。
パス・ゴール理論は、集団がどのような環境的条件(直面している課題、権限体系、組織等)のもとに置かれているかということと、部下の能力や性格、経験などの側面の2点に着目しました。
それらの要因に応じて、リーダーは「指示型」「支援型」「参加型」「達成志向型」の4つのスタイルを使い分けると効果が上がることを、提唱者であるロバート・ハウスは主張しました。
条件適合理論の生まれた背景
リーダーシップの研究は、優れた国家の首長や軍を率いた将軍などの資質を見出すというかたちで古代から近代まで続いてきました。近代に入って心理学の分野でリーダーの資質を科学的に分析する手法が編み出されると、「特性理論」として研究が進みます。
その後、リーダーシップの発揮される局面は、リーダーの特性だけでは説明しきれないことが徐々に明らかになってきました。
そして生まれてきたのが、優れたリーダーの行動に着目した「行動理論」です。リーダーに付き従う人(以下、フォロワー)への関心(人間関係志向)とリーダーの率いる集団の目的達成への関心(タスク志向)の2軸がそれぞれ高い場合に、比較的リーダーシップが発揮されやすいことがわかってきました。
ところが、特性理論と同じく、行動理論においても、”いついかなる”場合においても有効なリーダーシップのかたちが見出されたわけではありませんでした。そのような状況から生まれたのが、様々な条件ごとにどのようなリーダーの行動が有効なのかを研究する流れであり、1960年代に提唱された理論が、「条件適合理論」です。
フィードラーの理論
1960年代に台頭してきた組織論である「コンティンジェンシー理論」は、普遍的に有効な組織は存在せず、環境によって有効な組織も異なることが主張されていました。
このコンティンジェンシー理論をリーダーシップ論に展開したのが、米国イリノイ大学の心理学者のフレッド・フィードラーです。フィードラーの理論は、様々な環境や条件により、有効なリーダーの行動は変化することを証明し、リーダーシップ研究における条件適合理論の基礎を築きました。
リーダーの行動をタスク志向(任務実行を優先する)か人間関係志向(部下のケアや支援を重視する)かで分類し、集団の置かれた状況により、どちらのリーダーがより成果を出すかを解き明かしました。
フィードラーが、リーダーをタスク志向か人間関係志向かについて判定した方法は、LPC(Least−Prefered Co−worker)という手法です。これは、リーダーが最も一緒に働きたくないと考える仕事仲間をどうとらえるかという心理学的テストです。
集団の置かれた状況は、以下の3つの軸の強弱で評価します。
・部下との信頼関係の度合
・部下の仕事が明確化されている度合
・リーダーの部下に対する報酬力や人事権の度合
評価した結果を8段階に分け、リーダーにとって好ましい状況か好ましくない状況かで順位付けをします。そのうえで、8段階それぞれに、リーダーがタスク志向型と人間関係志向型の行動を取った場合の業績の良し悪しを測定しました。
その結果は、下図のとおりです。
この図から読み取れることは、次のとおりです。
まず、状況を大きくリーダーにとって「好ましい状況」、「普通の状況」、「好ましくない状況」の3つに分けます。すると、「好ましい状況」と「好ましくない状況」の場合には、タスク志向型の行動の方が好業績となり、「普通の状況」の場合には逆に人間関係志向型の方が好業績となる結論が得られます。
例2:自動車部品メーカーのプロジェクトチーム
中堅自動車部品メーカーA社では、社内外のコミュニケーションを円滑にすることと業務の効率化を推進するために、新規でグループウェアを導入することとなりました。
メール、掲示板、会議室などの予約、稟議、スケジュール管理などを統合的に管理するシステムで、Y社のグループウェア・パッケージ・ソフトをカスタマイズするかたちで導入することにしたのです。
導入には、現状の社内の業務の見直しから始め、それを新システムに落としこまなければなりません。その業務は、広範囲におよび、関係する部署も多くなります。会社は、プロジェクトチームに新システムの立ち上げを任せることとし、そのリーダーに総務畑のSさんを抜擢しました。
チームには、リーダーに加えて営業、経理、情報システムからそれぞれ一人ずつ異動してきました。いずれも、Sさんとは、これまでほとんど接点のなかった人たちです。
Sさんは、総務部のエースと言われており、このプロジェクトを成功させる自信がありました。それぞれの部署での業務フローの見直しを部下に割り振って、細かく指示をしたうえで業務に当たらせました。
当初、「各部署がなかなか動いてくれない」「新しいグループウェアは不要と言っている部署がある」といった後ろ向きな報告ばかりがあがってきました。Sさんは、そのうちに進み出すだろうと楽観視していましたが、半年経っても状況は変わりません。
毎日、全員に細かく指示し、仕事の進捗状況の把握には務めていましたが、現場とのやり取りは部下に任せていました。
部下の中には年長の者もいて、うまく持ち上げながら使っていたつもりでしたが、そこそこの成果は上がっていたものの、残務があっても、定時で帰宅してしまうようになっていました。そのうち、Sさんは、部下の仕事に対する態度に問題があると考えるようになります。その一方で、部下たちの間でSさんの悪口を言い合っているという話が漏れ伝わってきたのです。
社内の業務整理の進捗の遅れに加えて、カスタマイズの方向性を確定できず仕様変更が相次ぎ、Y社からは数千万円の追加支払を求められ、社内的に問題視されることとなってしまいました。否応なくチームは再構築を迫られ、結局、リーダーのSさんは解任されてしまうことになったのでした。
例2にフィードラーの理論を適用して検討
例2は、先ほどの図の中のどの状況だったのでしょうか。3つの軸の中で、それぞれ判断してみましょう。
・部下との信頼関係の度合
Sさんと部下たちは、プロジェクトチーム発足までは、ほとんど接点がなかったうえに、部下がSさんの悪口を言い始めたことから「悪い」と評価。
・部下の仕事が明確化されている度合
Sさんから部下に対して指示は細かく出されているので、「高い」と評価。
・リーダーの部下に対する報酬力や人事権の度合
Sさんは、チーム発足前の上層部からの評価は高く、「強い」と評価。
上記から、図の「カテゴリー?」の「リーダーにとって普通の状況」だったと判断できます。Sさん自身は、業務指示は出すものの、部下への配慮や支援は行っている気配は見えません。従って、Sさんはタスク志向型のリーダーであったことがうかがえます。図のとおり、この場合には、人間志向型のリーダーが必要だったと思われます。
フィードラーの理論の成果
フィードラーの理論は、普遍的に有効なリーダーの行動タイプは存在せず、環境や条件によって有効なリーダーの行動は変化するというということを解明したという点で意味のあるものでした。
一方で、タスク志向と人間関係志向という2種類の志向により、リーダーの行動を固定してしまっている部分において、フィードラーの考え方は融通に欠けるものとなっています。この後、条件によってリーダーの行動は変化させることができるという前提に立っての研究が進んでいくこととなります。
パス・ゴール理論
フィードラーの理論がリーダーの志向がタスク志向か人間関係志向のどちらかであることを前提にしていましたが、リーダーの志向は可変的になりうることを提唱したのが米国の学者であるロバート・ハウスです。
ハウスは、1971年に「パス・ゴール理論」を発表しました。部下が目的(ゴール)に達するまでにリーダーは道筋(パス)をつけなければならないとする理論です。
この理論のベースには、期待理論(人間は、利益の最大値を求めて、努力に応じて報酬が得られるという期待から動機付けされていく存在であるという理論)があります。
「パス・ゴール理論」におけるリーダーの行動タイプ別の効果
パス・ゴール理論では、リーダーは、その行動に影響を与える2つの要因を把握する必要があります。
第一は、集団がどのような環境的条件(直面している課題、権限体系、組織等)の下に置かれているかという要因です。第二は、部下の要因(能力や性格、経験など)です。この2つの要因の状況によって、「指示型」「支援型」「参加型」「達成志向型」の4つのスタイルを使い分けることで有効なリーダーシップを発揮できるとしています。
4つの行動タイプの定義を詳しく見てみましょう。まとめたものが以下の図です。
さて、それでは、これら4つの行動タイプ別に、それぞれどのような条件で効果が発揮されるのかを見ていきましょう。
[指示型]
・部下の能力が低い場合
・部下の自立性が高くなく、経験値も低い場合
・タクスが曖昧な場合
・チームのメンバー間のトラブルがある場合
(部下の能力が高い場合や豊富な経験がある場合に、リーダーがこの行動スタイルを取ると、逆に部下のモチベーションを下げてしまう)
[支援型]
・タスクが明確な場合
・リーダーと部下の権限が明確な組織の場合
[参加型]
・部下の能力が高い場合
・部下の自立性が高く、豊富な経験がある場合
・部下が自己解決する意欲が高い場合
[達成志向型]
・困難で曖昧なタスクの場合で部下の能力や経験値が高い場合
(部下に努力により高業績が得られるという期待で動機付けを行う)
Sさんが取るべきであった行動とは
再び例2をもとに、検証してみましょう。
この事例の場合、タクスは明確だったにも関わらず、リーダーのSさんは、指示型の行動を取ってしまっていました。能力の低い部下に対しては、タスクは明確だったため、パス・ゴール理論に照らして考えると、支援型を取った方が成果が上がる可能性が高かったと思われます。
Sさんは、成果のあがらない部下がいることを認識し、行動スタイルを変える機会があったにもかかわらず、この部下への支援を行うという方向転換には至りませんでした。
一方、経験豊富で能力の高い部下に対しても指示型の行動を取っていたのです。この部下は、プロジェクトチーム発足直後には順調に業務を遂行していましたが、自らの意見をタクスに反映させる機会は奪われており、能力の低い部下と同様の扱いを受けて徐々にモチベーションを下げてしまったのでしょう。
Sさんは、残務がありながら定時で帰宅してしまう姿を見たときに、自らの行動を正すべきでした。この部下には参加型の行動を取っていれば、順調に成果を積み上げていったことでしょう。
シチュエーショナル・リーダーシップ理論
リーダーシップ理論のうち、集団の置かれた環境や部下の状況などの条件によって、有効なリーダーの行動は変化するということを主張したのが「条件適合理論」です。1960年代から心理学者であるフレッド-フィードラー(コンティンジェンシー理論)や経営学者のロバート・ハウス(パス・ゴール理論)が独自の理論を展開していました。1977年に、部下の発達度合いにより、リーダーが取りうる行動スタイルを示したのが、オハイオ州立大学のポール・ハーシーとケン・ブランチャードです。このモデルは、「シチュエーショナル・リーダーシップ理論」(以下SL理論)と呼ばれます。
例3:IT企業のグループ企業管理部
K社は、会計システムを中心にクライアント企業への導入業績を伸ばしてきました。数年前に上場を果たし、その頃から、セキュリティ分野や金融システムなどの会社を買収し、多角化を進めてきました。
管理部門も独立会社化し、シェアードサービス会社も立ち上げました。増加したグループ会社の経営管理や指導を行うことを目的として、2年前に社長直轄の「グループ企業管理部」が新たに立ち上がり、その部長にAは抜擢されたのです。
グループ企業管理部は、K社グループの中でも中枢的な役割を担わされ、社長からの指示のもとグループ全体の司令塔の役割を果たしていました。
業績が急拡大したため、人材は上場直後に入社したA本人も含めて中途採用が多く、グループ企業管理部においても部下10人のうち6人を占めていました。買収した企業の管理部門から異動してきた部下も2人いて、生え抜きの部下は2名で、そのうち1名は新入社員です。
年齢も、社会人経験のバックボーンも、能力のレベルも様々な部下10人をマネジメントするのは、困難さもありますが、やりがいも感じていました。Aは、担当するグループ会社を事業ごとに3つに分け、それぞれ経験値の高いものをグループリーダーに指名し、その下に2〜3名の部下を付ける体制としたのです。
新組織発足後しばらくすると、グループリーダー3人のうちの1人であるBが、グループの方針に意見を挟むようになってきました。Aは最初のうちは、強引に説得して従わせていました。しかし、しばらくすると、Bは裏でAの陰口を言ったり、方針に背いて現場の意見に流されるようになってきたのです。
説得してもAの思い通りにはならず、かといって、AはBの能力には一目置いていたため切り捨てるわけにもいかず、Bとのコミュニケーションの取り方を見直すことにしました。社長から指示されたグループの方針を、Bを含めたグループリーダーとともに現場にどう落とし込んでいくか検討する場を設けることにしたのです。
そして、その検討結果が決まったら、Bについては、本人から相談や援助の申し出がない限りAが細かい指示を出すことはやめ、一任することにしました。このことにより、陰口はなくなり、より生き生きと仕事に取り組むようになったのです。
一方で、生え抜きの新入社員Cに関しては、Aが初めて預かった新入社員ということもあり、常に細かい部分まで業務を確認し、時には厳しい言葉で叱責することもありました。Cは、なかなか思うように実績をあげるところまではいきませんでしたが、Aの厳しさに耐えつつも、少しづつ成長しているように見えました。
部下の発達段階
SL理論の提唱者であるハーシーとブランチャードは、リーダーシップのスタイルというのは部下の職務能力と意欲・責任感の発達度によって変える必要があると考えました。部下の発達段階を下図のとおり4段階に分類しました。
4つのリーダーシップ・スタイル
一方で、リーダーシップのスタイルを、タスク重視の軸(指示的行動)と部下への人間的配慮を優先する軸(援助的行動)の2軸で4類型に分けました。
この2つの軸は、リーダーシップ研究では1940年代に研究の始まった行動理論以来、既に定番となっている2つの要素です。
[S1:教示的リーダーシップ]
具体的に指示し、事細かに監督する。援助的行動は少ない。意思決定はリーダーが行う。
[S2:説得的リーダーシップ]
自分の考えを説明し、疑問に応える。部下への配慮的行動も行う。
[S3:参加的リーダーシップ]
部下を認めて意見を聞き、部下が適切な問題解決や意思決定をできるよう取り計らう。指示的行動は、控えめである。
[S4:委任的リーダーシップ]
部下と話し合い、合意の上で目標や課題を決め、部下に任せて成果の報告を求める。指示も援助も必要最低限にする。
SL理論に基づくリーダーの行動
さて、D1からD4の部下の発達段階ごとに、どのスタイルのリーダーシップを採用すべきでしょうか。多くの読者は、察しがつくと思います。
D1:経験が乏しい状態 → S1:教示的リーダーシップ
D2:業務に少し慣れてきた状態 → S2:説得的リーダーシップ
D3:業務を無理なくこなせる状態 → S3:参加的リーダーシップ
D4:リーダーの後任が務まる状態 → S4:委任的リーダーシップ
例3の検証
さて、例3の件に戻って検証してみましょう。K社グループ企業管理部長Aは、適切なリーダーシップを発揮していたと言えるでしょうか。少なくとも、部下10人に同じ接し方をせず、部下の置かれた立場によって対応の仕方を変えていたことは評価されるべきでしょう。
ここでは、能力は高いが少し上司に対して背くような行為を取っていたリーダーBと、新入社員のCとの関係が述べられています。
部下Bに対するリーダーシップの取り方は、SL理論の4つのリーダーシップに当てはめると、最初はS1、後にS3へ移行したと考えることができます。S1の教示的リーダーシップのスタイルを取っているうちは、Aは知らず知らずのうちにBの意見を封殺し、指示だけを与えていたのかもしれません。
Bは自分の意見をぶつけることをしたかもしれませんが、それが全く無視されたと考えたのかもしれません。そのために、反抗的態度が出てしまったのではないでしょうか。Aがリーダーシップスタイルを変えたことにより、Bは自分の意見も生かされていると考え、うまく業務が進むようになったのです。
一方、部下Cに対しては、Aは指導に力をいれるあまり、2年間ずっと変わらずS1のスタイルを取り続けています。Cは2年間の間に成長し、S2の支援的行動を伴ったリーダーシップスタイルが必要な時期に来ているのかもしれません。このままだと、Cは不満を募らせて、成長が疎外されてしまう可能性もあります。
リーダーが部下の成熟度に応じて適切なリーダーシップ・スタイルをとらなければ、部下のモチベーションは上がるどころか、下がることもあります。
あなたも、自分の職場で個々の上司と部下との関係がどのリーダーシップスタイルによって成り立っているのか、また、それがうまくいっているのか、ぜひ確認してみてください。
交換・交流理論
リーダーシップの研究は、古代以来の歴史的な英雄や優秀な戦士の資質に注目するかたちから、近代に入ってリーダーの行動に着目した理論が出てきました。その理論が進化して「条件適合性理論」が生まれました。
この理論は、リーダーの行動タイプやリーダーと部下との関係などの条件によって、リーダーの行動を変えると、リーダーシップがより発揮されるというものです。また、リーダーシップは、一部の優れた人物のみが発揮できるというわけではなく、適切な行動をとれば誰でもが発揮できるものであることが証明されるにいたりました。
1970年代に入ると、「交換・交流理論」が盛んになります。「交換・交流理論」は、部下(フォロワー)の存在を、従来の理論の前提となっていた「リーダーから一方的に影響を受ける存在」から、「リーダーに影響を与えうる存在」として浮かび上がらせています。
つまり、リーダーとフォロワーとの相互関係の中に、リーダーシップの本質を見出そうとする理論です。この交換・交流理論の中の「交換理論」と「信頼性蓄積理論」を取り上げて紹介します。
交換理論
人間が行動を起こすか否かの判断は、それを行うことによりメリットがあるのかを検討したうえで下すはずです。一方で、他者を行動させたい場合には、他者がそれを行う場合に得られるメリットを示すことで、行動を促すでしょう。
つまり、動かす側と動く側が共に利益となるような何かを「交換」することによって、お互いが満足を得ているということが言えるのです。このように、人間社会は、お互いに「交換」することにより、生活を成り立たせてきました。
米国の社会学者であるジョージ・ホーマンスは、この社会的な人同士の交換を、リーダーシップの観点にあてはめ、「社会的交換理論」を提唱しました。
フォロワーは、一度リーダーの指示に従って満足な報酬を獲得できた、あるいは心理的な快感などの価値ある結果が得られた場合、そのリーダーに次の機会にも進んで付き従おうとします。フォロワーは単に指示に従うだけではなく、より自発的行動も引き起こされるようになります。
このように、「交換理論」では、リーダーだけではなく、フォロワーもリーダーシップに積極的に関わる存在として位置づけられています。
例4:鎌倉幕府と御家人
交換によって、社会が成り立ってきた実例を、日本の歴史の中で考えてみましょう。
武家政権が本格的に確立された鎌倉時代には、鎌倉幕府とそれを支える御家人の間に、「御恩と奉公」という言葉で象徴される交換関係が存在しました。
将軍を中心とした武家政権である鎌倉幕府は、御家人と呼ばれる各地域に勢力を張る武士たちに、領地を安堵し、その土地で生産される農作物や織物などの製品に賦課することにより得られる収益を認めました。
一方で御家人は、幕府に外敵が現れると兵を率いて戦場に駆けつけたり、幕府の公式行事で役目を与えられたり、幕府の事業に財産を提供したりといった義務が課されていました。成果を挙げた御家人には、外敵から没収した領地を新たに分け与えることで報いました。
鎌倉幕府と御家人の間における「交換理論」の破綻
さて、鎌倉幕府滅亡の原因の一つに元寇が挙げられます。元寇とは、13世紀後半にモンゴルを中心にアジア全域で勢力を拡大した「元」が日本に仕掛けた侵略戦争です。
この時、鎌倉幕府は大量の御家人を戦場となった九州北部に動員しています。鎌倉幕府は、2度の元の襲来を退け侵略を防ぎました。しかし、当然のことながら、この戦闘で敵から奪った領地は皆無です。そのために、御家人の「奉公」に幕府はほとんど「御恩」で報いることができませんでした。
つまり、「御恩と奉公」の交換関係が破綻してしまったのです。そのため、鎌倉幕府に不満を持つ御家人を数多く抱えることとなり、滅亡の遠因を生じさせることになってしまったのです。
社会的交換理論
ジョージ・ホーマンスの「社会的交換理論」において、交換されるのは物や金だけではありません。例えば、通り雨にあって困っている人に傘を貸してあげて、相手から感謝されたり、自分自身が良い事をしたという達成感を味わったりといった心理的メリットも含まれます。
上司(リーダー)と部下(フォロワー)の関係でも、部下が業績を挙げたときに、昇進や報奨などの直接的なメリットだけではなく、単に上司が部下を褒めるだけでも、部下にとっては努力が報われたと感じることはあると思われます。
一度リーダーの指示に従って、フォロワーにとって良い結果が得られれば、次の指示にもフォロワーはよい結果を期待して従いやすくなるでしょう。
リーダーとフォロワーは相互に関係し合い、リーダーシップのあり方にも、リーダーだけではなくフォロワーも深く関わっていることがわかると思います。
信頼性蓄積理論
社会心理学者エドウィン・ホランダーは、よりフォロワーの影響力に注目した「信頼性蓄積理論」を提唱しました。「リーダーの影響力は、リーダーが過去の言動や行動でフォロワーに対してどれだけ信頼を集められたかで決まる」としています。
リーダーは、信頼を集める前に、フォロワーに対し双方が属する集団の規範を理解しているという「同調性」を示す必要があります。また、その集団の目的を達成するために有効な行動ができるという「有能さ」も示さなければなりません。この2点を示すことで、フォロワーのリーダーに対する信頼性を蓄積していくことができるのです。
この理論では、さらにその先があります。リーダーは信頼性が蓄積されていくと、フォロワーから集団を変革することを期待されるようになるとしています。変革が成功すれば、さらなる信頼性の蓄積につながっていき、リーダーの影響力も増大します。
もし、変革に失敗すれば、信頼性の蓄積が減少に転じ、フォロワーがリーダーに付き従うモチベーションは薄れれていくことになります。
鎌倉幕府と御家人の信頼性
例に挙げた鎌倉幕府と御家人の関係において、信頼性が蓄積され、リーダーに対してフォロワーから変革の期待が高まった時代はあったのでしょうか。
これは、あくまで想像でしかないのですが、鎌倉幕府を創設した源頼朝が存命だった鎌倉幕府創設当初は、まさにそういう状態だったのではないかと思われます。
付き従う御家人たちは、西日本での平家追討や北関東・奥州の反乱分子の平定のための数多くの戦いに勝利し、功績に応じて新たな領地を与えられ、武家政権の確立のために邁進する頼朝に対する信頼が蓄積されていったことでしょう。
御家人の頼朝に対する信頼の礎となったのは、御家人の利益の前提となる所領の拡大や権益の確保です。頼朝は、それらの獲得に腐心しました。敵対勢力に勝利し領地を召し上げるだけではなく、幕府のパワーを背景に、朝廷との交渉もぬかりなく行い、徐々に全国への影響力を浸透させていきました。
そして、ついには日本の警察権力(守護)を朝廷に認めさせます。同時に、朝廷の直轄地や京の公家が日本全国いたるところに所有していた荘園の管理権限(地頭)も獲得することになったのです。これらの役目は、鎌倉幕府に奉公する御家人に与えられ大きな実利をもたらすことになりました。
頼朝時代の御家人は、戦績や幕府への公式行事への貢献が認められれば、所領や守護・地頭の権益が得られるという確信があったはずです。また、頼朝に対する変革への期待も大きかったことでしょう。頼朝は、御家人の期待を受けて遺憾なくリーダーシップを発揮し、高いモチベーションをもって鎌倉幕府の基盤づくりに臨んだことがわかります。
リーダー・メンバー・エクスチェンジ(LMX)理論
リーダーシップの研究が進んで1970年代に入ると、「交換・交流理論」が盛んになってきました。従来の研究では重要視されてこなかったフォロワーにより注目した理論です。
アメリカの社会学者J.ホーマンスは、フォロワーの業務の遂行とリーダーの報酬との”交換”によりリーダーシップは成り立っており、リーダーとフォロワーの間には相互依存性ががあることを見出しました。(「社会的交換理論」)
リーダーとフォロワーの間に、健全な交流が繰り返されると、相互の信頼が蓄積され、よりよいリーダーシップが発揮されます。次の段階では、フォロワーは、リーダーに変革を期待されるようになるという「信頼性蓄積理論」も唱えられました。
次に紹介するリーダー・メンバー・エクスチェンジ(LMX)理論は、リーダーとフォロワーとの関係をより深く掘り下げた理論です。
米国シンシナティ大学のジョージ・グレーンを中心とする研究者たちは、リーダーとフォロワーを様々な取引関係からなると考えました。その取引関係の質が高いほど、集団は高い成果を生み出すとしています。
リーダーは、フォロワーとの関係の質を高めれば、よりリーダーシップを発揮しやすくなります。一方で、リーダーだけではなくフォロワー側からのリーダーシップへの影響力も重要視しており、従来の研究とは一線を画すものとなりました。
以下、例をあげて詳しく見ていくこととしましょう。
例5:有料老人ホーム運営会社の営業担当役員
高価格帯の有料老人ホームを運営するX社の営業担当役員Aは、福祉関連事業の経験が20年以上あり、自らの営業手腕に自信を持っていました。しかし、そのマネジメントスタイルは少々強引なところがあります。
自ら考案した企画は、部下から修正すべき点を指摘されても、それを封殺して前に進めてしまうことが度々ありました。
都内に最高級クラスの有料老人ホームを立ち上げた際に、当初なかなか入居者が集まらず、収益があがらない時期が続きました。そこでAは、タブレット版のチラシを近隣の区を含めて大量に折込むことを計画します。
しかし、部下の一人であるBは、チラシにコストをかけても成果が見込めないと考えていました。その経費を有料老人ホーム紹介会社(入居者を老人ホーム運営会社から手数料を取って紹介する事業者)への手数料に振り向け、入居者の紹介人数を増やした方が効果的だと考え、Aに計画の見直しを提案します。
他の営業部メンバーの中には、チラシはかつては有効な集客手段ではあったものの、現在では競合に埋もれてしまい、効果に疑問があると考え、Bの案に賛成する者もいました。
しかしAは、社長に対して何らかの対策を講じていることを目に見えるかたちで示したいという思いもあり、強引にチラシ作成を進めました。
Aの元で10年以上共に働いてきたCは、チラシの効果に多少の疑問を持ちつつも、長年積み上げてきたAとの信頼関係もあるため、中心となってチラシの制作や配布地域の選定を行いました。
チラシの結果は、5百万円近くを費やしたにも関わらず、問い合わせは10件ほどあったものの、最終的に入居実績には一人も結びつかなかったのです。
Aは、自分に付き従って努力したCを、今回の結果がふるわなかったにもかかわらず評価しました。しかし、自分の主張に反対意見を唱えたBに対しては、組織の統制を乱したとみなし、評価を下げたのです。
ところが、この件がきっかけとなり、Aに対する社長からの信頼が薄れ、間もなく営業を外れることとなりました。後任の営業担当役員は、自分の意見を積極的に発信するBを評価するようになっています。
会社はその後、Bの提案どおり、紹介会社への手数料にかける予算の増額を決定し、どうにか満室までこぎつけることができました。この有料老人ホームは、地域でも評判の有料老人ホームとなり、今では順番待ちが多数出るほどになっています。
数年後、Aは、この会社を退職しました。
in-group(内集団)とout-group (外集団)
ジョージ・グレーンたちは、リーダーとフォロワーとの関係性の”質”の違いにより、「交換」に差があることを発見しました。
新たに就任したリーダーは、その組織の中に、リーダーに好意的に振舞う集団(in-group)と、非好意的に振舞う集団(out-group)が存在することに気付くとしています。そして、それぞれの集団に属する部下が同じことをやっていても、in-groupに属する部下の評価の方が高くなる傾向があるとグレーンは主張しました。
例えば、リーダーの指示に対し、フォロワーの業務の完了が期限に間に合わなかったとしましょう。in-groupに属している部下であれば、「丁寧に仕事をしているのだな」という評価につながりますが、out-groupに属する部下の場合には、「サボって遅れたのだな」という評価になってしまいがちです。
in-groupのフォロワーは、その評価に満足しますが、out-groupのフォロワーにとっては不当な評価だと感じるかもしれません。リーダーとフォロワーとの「交換」は、このような双方の関係の「質」によって変わってくると、ジョージ・グレーンのグループは考えました。
このようなリーダーとフォロワーとの関係性は、上司部下の関係が始って数日から数週間の間の相互の印象によって大きく影響するとしています。
このような状況について、組織の中で実際に働いている人にとっては、思い当たるふしがあるのではないでしょうか。
in-groupとout-groupのリーダーとの関係性の違い
さて、ここで、例5の検討をしてみましょう。
有料老人ホーム運営会社X社の営業担当役員Aには、in-groupの部下とout-groupの部下がいたことがおわかりいただけたと思います。
in-groupの部下にあたるのは、何とかチラシを成功させようと尽力したCです。一方、チラシの経費を、入居者紹介業者への手数料に振り向けることを主張したBは、out-groupに属する部下です。
Cは長年のAとの関係から、CがAの指示を忠実に実行すればAから評価され、報酬がもたらされることに疑いがなかったと思われます。AとCの間には、一定の「交換・交流」関係が築かれていたと言えるでしょう。
一方、Bは、Aの強引さや部下の意見を無視する態度に不満を持っていたことが想像されます。Bは、正しい意見を主張したにも関わらず、評価を下げられてしまいました。Bが大きな不満を抱いたであろうことは、想像に難くありません。
LMX理論では、リーダーがフォロワーと”望ましい関係”を構築することで、よいリーダーシップが発揮されるとしています。この”望ましい関係”について、リーダーとフォロワーとの間で暗黙のうちに交わされている「心理契約」という概念で説明したのが、米国オクスフォード大学のタクレブとテイラーです。
彼らが、2003年に提唱したのは、リーダーがこの心理契約を守っているとフォロワーが信じていれば、両者は”望ましい関係”であると判断できるとしています。例示の場合には、Cは、忠実に役員Aの指示を実行すれば、Aがこの心理契約(=Cに高評価を与える)を守ってもらえると信じていたといえるでしょう。
リーダーは、より良いリーダーシップを発揮するためには個々のフォロワーをより多くin-groupに招き入れ、フォロワーとの関係性の「質」を向上させていくことが求められます。
リーダーシップ形成の成熟
1990年代にLMX理論を発展させた前述のジョージ・グレーンとアラスカ大学のメアリー・ウール=ビエンは、リーダーとフォロワーとの間の交換・交流関係は、時間の経過とともに段階的に発達していくことをつきとめました。
2人によると、他人関係→知人関係→成熟したパートナーシップへと変容していくといいます。
リーダーとフォロワーとの関係の初期段階では、互いに金銭などの実利に重きが置かれています。両者に望ましい関係が構築されれば、互いに信頼し尊重し合い、フォロワーには、自発的に属するグループに貢献しようとする行動まで見られるようになることが判明しているのです。
LMX 7によるリーダー・フォロワー間の関係の測定
グレーンとビエンは、リーダー・フォロワー間の関係の質を測定するために、「LMX 7」という質問票を作成しました。7つの質問に答え回答をスコア化します。リーダーは、それぞれのフォロワーごとに1枚のLMX7を完成させる必要があります。
フォロワーは、自分のリーダーについて回答します。そのスコアが上位であれば、フォロワーはin-groupのメンバーであることを、逆に下位であればout-groupであることを示すというものです。現在でもリーダシップの質を明らかにするために広く利用されているツールです。
1. あなたは、あなたのリーダー(フォロワー)の立場を理解していますか。また、あなたのリーダー(フォロワー)が、あなたの仕事にどれくらい満足しているか認識していますか?
1 まれに 2 時には 3 時々 4 よく 5 いつも
2.あなたのリーダー(フォロワー)は、あなたの仕事上の問題とニーズをどの程度理解していますか。
1 全くない 2 すこし 3 普通に 4 かなり 5 非常に
3.リーダー(フォロワー)は、あなたの潜在能力をどの程度理解していますか。
1 全くない 2 すこし 3 適度に 4 かなり 5 深く
4.あなたのリーダー(フォロワー)が、正式な権限を有しているか否かにかかわらず、リーダー(フォロワー)は、あなたの仕事の問題を解決するために権限をどの程度を行使しますか。
1 全くない 2 少々 3 中程度に 4 かなり 5 強く
5.あなたのリーダー(フォロワー)が、正式な権限を有しているか否かにかかわらず、リーダー(フォロワー)は、自ら労力やコストを使って、どの程度あなたをサポートしますか。
1 全くない 2 すこし 3 普通に 4 かなり 5 強力に
6.私は私のリーダー(フォロワー)が不在の場合でも、リーダー(フォロワー)を守り、正当化するであろうことに、十分な自信を持っています。
1 全く同意しない 2 同意しない 3 どちらともいえない 4 同意できる 5 強く同意する
7.あなたのリーダー(フォロワー)との仕事上の関係をどのように考えますか。
1 最悪 2 中程度以下 3 中程度 4 中程度以上 5 非常に良好
7つの質問で選択した答えの番号を合計してスコア化し、下図で関係性の高さを確認してみてください。
このLMX7は、研究者が現場でリーダーシップの質を測定するために最も一般的に使用されている検査方法です。あなたも、これを活用してみることをお勧めします。リーダーの立場の方にとっては、自分のリーダーシップスタイルを分析することができます。フォロワーの立場からも、改善の糸口を見つけることができるでしょう。
LMX理論の発展と限界
LMX理論はさらに発展し、リーダーとフォロワー間だけではなく、フォロワーの中での交換・交流関係も成熟すると、グループ内の成果が増大するという報告も出てきています。
一方で、リーダーがフォロワーをout-groupからin-groupにどうしたら導きいれることができるのかが具体的に示されているわけではありません。
また、リーダーとフォロワーとの関係が、異動などで短期間で変わったり、階層ができてリーダーとフォロワーが直接交流ができなかったりする大組織の場合には当てはまらない可能性もあります。このような事情から、違った視点でのリーダーシップ研究も展開されていくこととなりました。
まとめ
・PM理論は、1960年代に九州大学の三隅二不二らによって提唱された理論である。リーダーの行動には、集団の目的達成のための行動と集団の維持を目的とする行動の2因子があるとした。それぞれをP(Performance)行動、M(Maintenance)行動と名付けたことからPM理論として知られた。
・マネジリアル・グリッドは、テキサス大学のロバート・ブレイクとジェーン・ムートンによるリーダーの行動の分析ツールである。リーダーの行動の動機を「人への関心」と「生産への関心」の2軸でとらえ、両者の関心がいずれも高い場合にリーダーが最も優れた機能を果たすという結論に至った。
・これらの研究において、いずれも「集団の成果に向けた行動」と「組織のメンバーの関係性や心理に関心を向けた行動」の2軸は、ほぼ共通している。
・「条件適合理論」は、いついかなる状況でも普遍的に有効なリーダーの行動が見出されなかった1960年代に、集団の置かれた環境や部下の状況によって、有効なリーダーの行動は変化することを示した。その代表的理論は、「フィードラー理論」「パス・ゴール理論」である。
・フィードラー理論では、集団の置かれた状況がリーダーにとって「好ましい状況」と「好ましくない状況」の場合には、タスク志向型の行動の方が好業績となり、「普通の状況」の場合には人間関係志向型の方が好業績となることを示した。
・パス・ゴール理論は、集団がどのような環境的条件(直面している課題、権限体系、組織等)のもとに置かれているかということと、部下の能力や性格、経験などに着目した。それらの要因に応じて、リーダーは「指示型」「支援型」「参加型」「達成志向型」の4つのスタイルを使い分けると効果があがることを証明した。
・シチュエーショナル・リーダーシップ理論(SL理論)は、部下の発達段階により、リーダーシップスタイルを変える必要があると考えた、オハイオ州立大学のポール・ハーシーとケン・ブランチャードが提唱した。
・部下の発達段階を初期的段階から熟達した段階に4分類(D1〜D4)し、それぞれの段階において、S1:教示的リーダーシップ、S2:説得的リーダーシップ、S3:参加的リーダーシップ、S4:委任的リーダーシップが有効であるとした。
・「交換・交流理論」は、リーダーとフォロワーが「交換」することによって社会生活が成り立っていることに着目したリーダーシップ理論である。(「交換理論」)
・フォロワーは、リーダーの指示に従うことにより、リーダーから報酬や心理的快感などの「価値ある結果」がもたらされ、リーダーへの信頼を蓄積する。信頼が蓄積された結果、リーダーは集団の変革を期待されるようになる。すると、さらにリーダーシップを発揮し、変革を成し遂げやすくなる。(信頼性蓄積理論」)
・LMX理論は、従来のリーダーシップ研究に比べ、よりフォロワーの影響力に着目した理論である。リーダーとフォロワーを「交換・交流」を通じた取引関係からなると考え、その関係の質が高いほど、集団は高い成果を生み出すとする理論である。
・フォロワーは、リーダーとの関係の質の高いin-groupと、関係の質の低いout-groupに分けられる。in-groupに属するフォロワーは、リーダーが成果に応じた評価を与えてくれるという信頼を置いている。out-groupのフォロワーは、リーダーの評価に不満を持っている。
・この理論では、リーダーとフォロワーとの交換・交流関係は、リーダーシップを存分に発揮できる良好な成熟した関係に至るまでに、時間の経過とともに段階を踏んでいくとしている。
・リーダーとフォロワーとの関係性が良好である状態、すなわち高品質のLMXは、双方に高満足を与え、集団に高業績をもたらす。
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