部分ゲーム完全均衡と後ろ向き帰納法
「交互進行ゲームの戦略」で見たように、ナッシュ均衡で交互進行ゲームの戦略を考えようとすると、「信頼性のない脅し」を排除できません。
これを排除する方法には「部分ゲーム完全均衡」と「後ろ向き帰納法」があります。まずは部分ゲーム完全均衡についてケーキショップの例を用いて解説しましょう。
例題
ある商店街に唯一残るケーキショップXは、その一帯のケーキ需要を独占していました。しかしある時、低価格で有名な隣町のケーキショップYが商店街に出店するかを検討している、という情報が流れてきます。
Xが取り得る戦略は「高級路線に切り替える」か「低価格路線を打ち出す」かの2つだとしましょう。
Yが商店街に出店しない場合にはXが商店街のケーキ需要を独占し続け、Yが出店しXが「高級路線に切り替える」を選んだ場合には利益を半分ずつに分け合い、Xが「低価格路線を打ち出す」を選ぶと、互いに消耗しあって損失を出すと仮定します。
この状況をゲームの木で示し、ナッシュ均衡で考えた利得表が下図です。
この状況に部分ゲーム完全均衡を適用するとどのように考えられるでしょうか。
解説
部分ゲーム完全均衡を考えるためには、まず「部分ゲーム」と「完全均衡」を分けて考える必要があります。部分ゲームとは「ゲームの中の1点から始まる、それ以降全体のゲーム」です。下図で言えばA・B・Cを指します。
「部分ゲーム完全均衡」とは、これら部分ゲーム全てにおけるナッシュ均衡です。
Aの部分ゲームではXが「高価格路線」を選ぶのがナッシュ均衡となります。対してBのゲームではどちらの戦略を選んでも利得は変わらないので、両方がナッシュ均衡です。
C(ゲーム全体)のナッシュ均衡を見つけるには、上図下部の利得表を使います。すでにAの部分ゲームで「Yが出店し、Xが低価格路線をとる」という可能性がないことがわかりました。すると利得表のうち、右半分が選ばれる可能性もなくなります。
したがってこのゲームの結果は「Yが出店し、Xが高価格路線をとる」となります。同時にこれがこのゲームの「部分ゲーム完全均衡」です。
後ろ向き帰納法とは
2つ目の方法である「後ろ向き帰納法」は別名「バックワードインダクション」と言われます。
これは部分ゲーム完全均衡と別の考え方ではなく、より簡単に部分ゲーム完全均衡を見つけるための考え方です。
ゲームの開始時点(ゲームの木の左端)からではなく、ゲームの終了時点(ゲームの木の右端)から順番に、それぞれの意思決定ノードでプレイヤーがどのような選択をするのかを考えていく方法を言います。
同じくケーキショップの例を用いて考えていきましょう。
後ろ向き帰納法の考え方
Yが商店街に出店した後のXは、より高い利得を得るために「高価格路線」を選びます。対してYが商店街に出店しなかった場合は、どちらの路線を選んでも利得は変わりません。
次に時間をさかのぼり、Yの意思決定について考えます。この時Yが考えるのは、Xと同じ「どちらがより大きな利得を得られるのか」です。
「出店しない」を選べばXがどんな戦略を選ぼうとYの利得は0になります。対して「出店する」を選んだ場合Xは高価格路線を選ぶと予測できるので、Yの利得は1です。したがってYが選ぶべきは「出店する」。
導かれる結果はやはり「Yが出店し、Xが高価格路線をとる」となります。
信頼性のない脅しを排除する
部分ゲーム完全均衡と後ろ向き帰納法は部分的にゲームを考えたり、それぞれの意思決定ノードごとに選択を考えることで「信頼性のない脅し」に惑わされない意思決定を可能にします。
ケーキショップの例で言えば「低価格で有名な隣町のケーキショップYが商店街に出店するかを検討している」という情報が仮にYの脅しだとしても、Xが部分ゲーム完全均衡や後ろ向き帰納法で意思決定を行えば、慌てて低価格路線で勝負をかけることもありません。
相手の脅しがどれだけの意味を持つものなのかを冷静に判断するための思考方法が、部分ゲーム完全均衡と後ろ向き帰納法なのです。
まとめ
・部分ゲーム完全均衡とは交互進行ゲーム全体の均衡を指す
・部分ゲームとは「ゲームの中の1点から始めるそれ以降全体のゲーム」を指す
・後ろ向き帰納法とは「ゲームの終了時点からそれぞれの意思決定ノードで、プレイヤーがどのような選択をするのかを考えていく方法」を指す
・後ろ向き帰納法は部分ゲーム完全均衡と別の考え方ではなく、部分ゲーム完全均衡を簡単に見つけるための方法である
・部分ゲーム完全均衡と後ろ向き帰納法は信頼性のない脅しを排除する
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