能力開発システム
今回は能力開発システムについて説明していきます。
今回の文章を読むことによって、能力の分類や能力開発の枠組みやテーマ、手法について理解することができます。
能力の分類
それではまず、能力開発システムにおける「能力」について考えてみましょう。
この場合の能力とは、組織という文脈を前提として業務を遂行する能力をいいます。
この業務を遂行する能力は、次のように2つの種類に分類することができます。
?一般能力と企業特殊能力
?カッツの3能力
順に見ていきましょう。
?一般能力と企業特殊能力
一般能力とは、どの企業で働いても通用する能力のことを言い、企業特殊能力とは、特定の企業内でしか通用しない能力のことを言います。
一般能力については意識的に教育することが可能ですが、企業特殊能力については、教育によって身につけさせることが相対的に難しいと言われています。
通常、一般能力の開発のために入社前研修や新人研修、中間管理職研修のようにプログラムが整備されており、これらの研修は、教室などで座学形式で一斉に実施されるます。
これらの研修においては、社会人としてのマナーやマネジメントとしてどのようなことに注意すべきか、どのようなことを実践すべきかを教えています。
このようなプログラムを通じて身につけた能力は、別の企業組織に移っても通用する能力です。
企業組織の外部へ持ち出しができるということで、ポータル能力とも呼ばれています。
このような能力に対して、特定の企業組織内でしか通用しない能力としては、例えば、契約書の内容は法務の○○さんに確認すればよい、顧客A社の与信管理に関しては営業の××部長の指示を仰げばよいなど、身内でしか通用しないというものがあります。
これは、他の組織に行けば適用しなくなることは明らかですし、組織メンバーにその能力を身につけさせるには、研修で教育できるようなタイプのものではなく、組織内で業務を遂行していく中で身につけていくことが求められます。
?カッツの3能力
ハーバード大学教授のロバート・カッツは、マネジメントに求められる能力を「テクニカル・スキル」「ヒューマン・スキル」「コンセプチュアル・スキル」に分類しました。
テクニカル・スキルは業務遂行能力や業務知識とも呼ばれるものであり、例えば経理担当者の場合では、簿記や財務会計、管理会計の知識などが該当します。
ヒューマン・スキルとは対人関係能力とも呼ばれており、コミュニケーション能力や交渉能力、根回しのスキルなど、組織が協働して働くために重要なスキルであると言えます。
コンセプチュアル・スキルとは、概念化能力ともいい、ものごとを概念化してとらえたり、抽象的にものごとを考えたりする能力のことを言います。
カッツは、マネジメントの階層をあがるにつれて、テクニカル・スキルの重要度が相対的に低下しヒューマン・スキルやコンセプチュアル・スキルの重要度が高まると考えていたようです。
能力開発システムの設計視点
それでは、能力開発システムを設計する場合、どのような視点から考えればよいでしょうか。
能力開発システムを考えるときの視点はいくつかありますが、ここでは対象者やテーマ、教育手法の3点について見ていきます。
まず一つ目の視点である「対象者」から見ていきましょう。
?対象者
これは、能力開発を行う対象者を誰にするかという視点です。
対象者については、さらに次の3つの視点に分けることができます。
1) 階層別教育
2) 目的別教育
3) 選抜教育
それぞれの視点について詳細を順番に見ていきましょう。
1) 階層別教育
階層別教育は、その対象者を職能資格や勤続年数等の基準でわけ、会社主導で対象者全員に対して強制的に同一内容の教育を実施するものです。
この階層別教育は全員のレベルを相対的にあげることが目的であるため、「底上げ教育」と呼ばれることもあります。
階層別教育は対象者別に分類することが可能で、以下のような種類に分類することができます。
(a) 新入社員教育:会社の業務内容や就業規則の説明、社内設備・備品の使用方法等の基礎的な知識の習得、電話のとり方、名刺交換等の基本的なビジネスマナーといった新入社員として最低限知っておくべき「社会人の常識」についての教育を行います。
(b) 若手社員教育:入社5年目くらいまでの若手社員を対象としており、リーダーシップやプレゼンテーション等の業務の遂行に役立つと思われる知識やスキルをインプットし、自分の担当する業務における改善や提案を自分自身で行うことができるレベルへ育成します。
(c) 中堅社員教育:入社10年目くらいまでの社員を対象に、組織としての業務遂行や経営の視点について教育を行い、近い将来の管理者への昇進に向けて実践的な実力を身につけるための研修を実施します。
(d) 管理者昇進時教育:課長レベルの新任管理者に新たに昇進した者に対して、あらためて全社的な経営戦略を理解させたり、管理者として必要な法律知識や部下とのコミュニケーションの方法等についての教育を行います。特にこの研修では、知識やスキルのインプットのみでなく管理職としての意識改革も行います。
(e) 中堅管理者教育:部長等の中堅管理者を対象としており、職場固有の課題の解決のためのヒントとなるような知識やノウハウ等の教育を通じて、同様の課題を抱えている他の管理者との意見交換などを通じて相互啓発を行います。
(f) 上級管理者教育:統括部長や本部長レベルの上級管理者を対象としており、複雑な経営判断を行う上での思考方法や意思決定の手法について教育を行います。
(g) 取締役教育:取締役陣を対象として実施され、グローバルな環境での競争構造やグループ全体での経営に関する考え方、後継者の育成に関する考え方や手法についての研修を行います。
これらの教育内容は当然会社によって異なりますが、横割りに社員を分類し各層に対して社員教育を行うという仕組みそのものは多くの企業で見られるものです。
また、若年層を対象とする教育プログラムの内容は企業によってあまり相違はないのですが、管理者向けの教育については、上位に行けばいくほど相違が出てきます。
しかし近年、年功序列型、終身雇用型の古くからの日本企業的な人事システムが変化するにつれて階層別教育の在り方も変化してきています。
2) 目的別教育
目的別教育とは、企業側が設定した研修プログラムに対して、参加希望者が応募する形で実施される教育のことをいいます。
例えば、将来的に海外勤務を希望する者を対象として語学研修のコースを設定したり、プログラマーを対象としてプログラミング言語の研修のコースを設定したりするケースが該当します。
参加者は、習得したい知識やスキルの分野を絞り込んで研修を受けることができます。
研修を企画する企業側にとっても、研修のレベルを複数設定できるなどのメリットがあります。
そのため、新規に企画した研修を試験的に導入する場合にもこのような単発で実施する研修は非常に有効で、試験的に実施した結果に応じて、実際の講座の開講や休止といった事態にも柔軟に対応することができます。
3) 選抜教育
選抜教育とは、特定の教育プログラムに対して「受講するにふさわしい」とマネジメント層が判断する社員を事前に選抜して受講させるものです。
特に難しい企画業務や高度な専門業務に関する教育の場合は、成績優秀な社員でないと理解できなかったり、受講内容を活用できない可能性もあるため、必然的に選抜型の教育になると考えられます。
教育対象者の選抜方法は企業によって様々で、企業組織内での評価結果に基づいて選抜する場合もあれば、上長の推薦によって選抜する場合もあります。
近年では、「取締役候補者」や「将来経営陣になる可能性が高いと判断した者」を教育対象者とする例が増えてきており、エリート教育としての色彩を強めています。
このようなエリート社員を対象として経営幹部の養成を目的とした教育は、選抜教育の典型ということができます。
もともと全員が経営幹部にはなれないことから、全員に平等に教育を施すのは効率的ではないという考え方も成り立ちます。
確かに経営幹部になれそうな素質を持つ人を少数選んで、その人に集中して教育を実施する方が投資効率は高いといえるでしょう。
しかし、「経営幹部になれそうなエリート社員を少数選ぶ」ことは、下手な選抜をすれば選ばれなかった人のモチベーションを著しく低下させることになります。
そうなれば、選抜されて教育を受けた側の社員の能力が高まったとしても、企業組織全体としての経営能力やマネジメント能力は上がらないことにもなりかねません。
また、間違った人を将来的な経営幹部の候補者として選抜して固定してしまうと、選抜されなかった側に有能な人材が埋もれてしまう可能性もあります。
どのような形で教育を行うにしても、教育対象者が増えればコストが高くなるため、「対象者・希望者が何人くらいいるのか」「費用はどのくらいかかるのか」という費用対効果の視点も必要となります。
?テーマ
2つめの視点は、能力開発のテーマを何にするか、教育の結果として何を期待するかという教育内容のテーマに関する視点です。
この視点は大きく分けて「知識・スキル型」と「態度・行動型」の2種類に分類できます。
それでは順に見ていきましょう。
1) 知識・スキル型
知識・スキル型のテーマとは、業務上必要な知識やスキルを確実に参加者に習得させるものです。
このようなテーマに関する教育は、「知っている」ということが業務上直接的に必要となる作業を担当している者に対しては有効に機能します。
例えば、工場で機械操作を担当している工員を対象として、機械の操作方法や注意事項に関する教育や、経理担当者に対する伝票処理のように単純労働や比較的高度な判断を必要としない作業が該当します。
また、教育を実施した効果が明確な形で現れるため、教育の効果を測定しやすいということも特徴です。
しかし、臨機応変な判断を必要とするような仕事においては、このような教育だけでは対応に限界があります。
2) 態度・行動型
態度・行動型のテーマとは、参加者の考え方や態度を変革し、最終的に参加者の行動自体の変化を期待するものです。
業務遂行にあたって、「どのように考え」「いかに行動に結び付けていくか」が態度・行動型のテーマの教育の焦点となります。
このテーマの教育においては、単に考え方を教えていくだけでなく、実際の仕事にどのように活かしていくのかを考えることになります。
また、正解のない状況に対して何を考え、どのように手を打っていくのかを実践を通して繰り返しすことによって、「考え方のプロセス」や「行動に移すプロセス」をパターンとして対象者に習得させるのです。
このテーマに関する教育は有効に機能すると、参加者の仕事に対する態度や業務中の行動が安定し、その状態が継続するという特色があります。
?教育手法
3つめの視点は、どのような場面で能力開発を行うのかという視点です。
基本的には、職場を離れて集合教育形式で行うOff-JT(オフ・ザ・ジョブ・トレーニング)と、実際の仕事を通じて教育を行うOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の2つに分類されます。
1) Off-JT
Off-JTとは集合教育形式で実施される教育手法で、教育の対象者は担当業務を離れて参加することになります。
例えば、新入社員研修のように研修の対象者が一同に集まって開催される研修が該当します。
これまで、日本企業の多くでは業務に密接して行われるOJTが重視されてきましたが、産業社会の変化や生涯教育の広がりから、社員の能力や知識を高めるためにOff-JTを重視する企業も増えてきています。
しかし、Off-JTでの教育への参加期間中は対象者が業務に従事できなくなるため、Off-JTでの研修に参加することを機会損失とみなされることもあります。
そのため、新入社員研修のように内容が典型的で参加者が多数となるような研修については、集合研修ではなく通信教育やパソコンを使用したeラーニングで実施するというケースも増えてきています。
通信教育やeラーニングで教育に参加する場合、参加者は通常通りの業務を行いながら、自分自身で時間の調整を行って学習するということになります。
また、研修への参加を義務とはせずに任意参加とし、受講料を取るという方法も増えてきています。
例えば、商社において英語以外の第二外国語を新たにを習得させるための研修を有償で実施するとします。
第二外国語を習得することにより、参加者はその言語に関する能力の向上が期待できますが、その能力開発に掛かったコストを参加者自身が負担するのです。
このような対応が増えてきた背景としては、Off-JTで身につけた能力は一般的なものであり、市場性があると認識されているためと思われます。
先ほどの第二外国語の例で考えてみると、社員の能力向上はもちろん企業組織自体にとっても望ましいことですが、同時に社員自身の市場価値を高めることにつながります。
より緩やかなOff-JTの手法として自己啓発への支援があります。
自己啓発とは、社員個人のそれぞれの目的と目標に向けた能力の向上と、興味関心に応じた研修のことを言います。
例えば、簿記の知識を向上させたいと考えている経理部の社員が、会社での勤務終了後に簿記の通信教育を受講するようなケースが該当します。
自己啓発への支援としては、社外の研修プログラムやスクール、参考図書の紹介等が典型的なものですが、それらの研修プログラムへの参加費用や参考図書の購入費用を一部を企業側が負担・援助するというケースもあります。
2) OJT
OJTとは、上司や先輩社員と一緒に仕事をしながら、業務プロセスや業務遂行上のポイントを身につけるというものです。
日本では古くから丁稚奉公という言葉があるように、OJTと本人の自発的意思による自己啓発を能力開発の柱としてきました。
OJTでは、体系的に仕事を教えるのではなく、実際に業務を進める中で、上司や先輩社員の叱咤激励を受けながら、指導されたり評価されたりしながら対象者は仕事に必要な知識を身につけるのです。
OJTの特徴としては、仕事で問題が生じた際にどのように工夫すればよいか、社内の誰に連絡・相談すればよいか、特定分野の専門家は誰かなど、公式の教育プログラムでは教えられることのない仕事のコツを学ぶことができること、また、OJTを通じて社内の意思決定プロセスを学ぶことができることが挙げられます。
この様にOJTは効果的な教育手法であり、対象者は企業特殊能力を身につけることができます。
業務内容の専門化・高度化が進み、経験の浅い社員が職務について習熟するのに時間がかかる場合、OJTによる育成はより重要な意味を持つようになります。
Off-JTとOJTを比較してみてみると、次のような特徴が挙げられます。
まず、OJTはマンツーマンに近いスタイルで指導することが多いため、一人の講師が多くの参加者に一斉に対象者に対して教育するというOff-JTのスタイルに比べて、コストと時間のかかる方法であると言えます。
また、Off-JTが人事部が中心となってプログラムの内容を担当するのに対して、OJTでは実際の教育内容は現場の担当部署に任されることになります。
以上のように、これらの「能力」の定義や、能力開発の対象者やテーマ、教育手法といった観点から能力開発システムを説明してきました。
企業組織において能力開発システムを設計していくにあたっては、これらの視点を持って自社組織の社員の能力を高めていくために最適な能力開発システムを検討していくことになります。
関連ページ
- 配置システム
- パワーマネジメントとは
- 報酬の効果と公平性
- 組織とは何か その1
- 組織とは何か その2
- 組織構造の変更
- 組織構造を決める条件
- 退職システム
- 能力開発システム
- 人的資源管理の変遷
- 組織行動論の変遷
- コーチングとは
- 報酬システム
- 報酬の構成要素
- 人事システムの納得性
- 企業市民とは
- 人事システムの設計
- 組織の分化と統合
- 分業を理解する
- 採用システム
- 報酬システム
- 評価方法
- 評価システム
- グローバル化とは
- ヒューマンリソースマネジメント(人的資源管理)とは
- 会社組織における人材
- 人材育成
- 人的資源管理フロー
- 人事部の業務
- 人事システム
- 日本的経営とは
- リーダーシップ理論
- マネージャーの課題
- モチベーションとは何か その1
- モチベーションとは何か その2
- 組織文化を考える
- 組織文化を考える その1
- 組織文化を考える その2
- 組織文化を考える その3
- 組織文化を考える その4
- 組織の運用
- 組織行動とは
- 組織構造モデルを理解する
- 組織開発を理解する
- 組織IQとは
- 組織と人材のマネジメント
- 組織と戦略
- 人事考課とは