評価方法
今回は評価システムにおける評価方法について説明していきます。
今回の文章を読むことによって、評価システムにおける様々な評価方法や評価におけるバイアスなど、評価を行う際に注意すべき事項について学ぶことができます。
それでは、評価システムにおける代表的な評価方法を紹介していきます。
代表的な評価方法としては次の4つがあります。
?目標管理制度(MBO)
?バランス・スコア・カード(BSC)
?マトリックス評価制度
?コンピテンシー評価
まず、目標管理制度(MBO)から見ていきましょう。
?目標管理制度(MBO)
目標管理制度(Management By Objectives)は、組織行動論でモチベーション管理に関する「目標設定理論」に基づいた評価制度です。
目標設定理論とは、メンバー自身が納得している目標については、曖昧な目標よりは明確な目標の方が、また難易度の低い目標よりは難易度の高い目標の方が結果としての業績は高い、というものです。
目標管理制度では、メンバー自身と上司が合意の上で担当する職務の目標を設定し、一定期間ごとまたは期末に、その目標の達成度を評価します。
当然ながら、目標を上回る業績を上げれば評価は高くなり、目標に達することができなければ評価は低くなります。
「組織行動論の変遷」のところで取り上げたX理論・Y理論のマクレガーは、この目標管理制度を「Y理論」とともに取り上げています。
この目標管理制度は、R&D(研究開発)部門や営業部門等幅広い部門で動機付けの手法として取り入れられていますが、最近では目標管理制度の弊害を指摘する声も多く出てきています。
目標管理制度の問題点としては、以下のような点が挙げられています。
1) 達成度を高めるために意図的に目標を低く設定する
2) 目標として設定したこと以外はやらない
3) 予測可能な業務案件・項目が少なく、ホワイトカラーの業務になじまない
これらの問題点の指摘を受けて、目標管理制度の運用の中で、評価を定性的なレベルにとどめたり、評価を処遇や報酬に直結させない仕組みを導入する企業も増えてきています。
そのような例としては、目標管理制度をコミュニケーションのツールとして活用するケースがあります。
コミュニケーション用のツールとして活用する場合は、目標を達成できなかった場合に、何が問題だったのか、どのようにすれば達成できていたのかを上司とメンバーとで話し合い、能力開発や業務改善に役立てられています。
目標管理制度の導入事例
目標管理制度の導入事例として、住友重機械工業株式会社の例を見てみましょう。
住友重機械工業では、2004年10月に人事制度の大幅な改定を行い、人事評価方法をそれまでの職能評価制度から目標管理制度に変更されました。
職能評価制度から目標管理制度に変更することによって、個々の「役割」とそれに対してどのような「成果」を出したかを重視するようになり、評価の対象が変更されています。
目標管理制度の導入後では、単に保有している能力を判断するだけでなく、個々の役割において、事前に設定した目標に対してその能力をどれだけアウトプットして顕在化させたかを評価し、それに対して処遇が行われています。
給与体系でも年齢給も廃止され、「成果」と「プロセス」を評価した結果のみが昇給に反映されるしくみとされました。
これにより、「各人の成果の違いが評価に大きく結びつく」という、メリハリのある処遇になったのです。
また、住友重機械工業では、評価の透明性と信頼性が問われるため、個々の目標とその結果、それに対する上司の評価が記載された評価シートを重要視しています。
以前の職能評価制度では、評価後にその結果や理由を明確に評価対象者に告げられることはありませんでしたが、目標管理制度導入後ではこの評価シートをもとに、「なぜこのような評価になったのか」というフィードバックが行われています。
このようにコミュニケーションのためのツールとしても、目標管理制度が活用されていることを見ることができます。
?バランス・スコア・カード(BSC)
バランス・スコア・カードは、経営の様々な面について戦略的な目標を定め、その数字の推移をチェックすることよって、企業組織内の問題点や強化すべき点を早いうちに見つけ出し、対応策を立てて実行に移していくものです。
企業によっては、「戦略的目標管理」や「多面的目標管理」とも呼ばれています。
このBSCの特徴としては、財務的な結果だけでなくプロセス面もバランスよく重視していること、そしてそれらの測定に数値化を徹底することによって、あいまいさを排除していることが挙げられます。
BSCでは、全社・部門・部署・個人の各レベルで目標を作成し、具体的な数値指標を使って管理していきます。
主に重要な指標となる視点は「財務」「顧客」「社内ビジネスプロセス(業務プロセス)」「学習と成長」の4つです。
そのため、個人の努力をはじめとする実際の業績に表れないプロセス面または個別要素から客観的に人材を評価することができます。
BSCによる評価は米国のGE(ゼネラル・エレクトリック)やHP(ヒューレット・パッカード)といった企業で導入されており、日本企業でも導入が進んでいます。
このBSCの数値指標を管理するためのソフトウェアも開発されており、大手ソフトウェア開発企業から専用のソフトウェアが提供されています。
バランス・スコア・カード(BSC)の導入事例
それでは、BSCの事例として、エクソン・モービル社の例を見てみましょう。
モービル北米マーケティング&リファイニング事業部(現:エクソン・モービル社)では、1995年以降原価低減と生産性向上によるコストリーダーシップだけでは競争優位性を継続していくことが困難と考え、「プレミアムガソリンの販売拡大」と「ガソリン以外の商品・サービスによる売上の拡大」を目指しバランススコアカードを導入しました。
当時6%だった総資本利益率を12%へするという高い財務目標を掲げ、その目標を達成するために財務の視点の戦略目標に収益性向上と生産性向上を設けました。
導入から4年後の1998年には総資本利益率は16%と飛躍的に改善されています。
エクソン・モービル社の事例において、成功へのポイントとなったものは次の3点です。
1) 戦略や目標の基盤となる顧客の視点、業務プロセスの視点、成長と学習の視点、それらとの因果関係を明確にしたことで、経営方針が具体化されたこと
2) 具体化されたテーマに指標と定量的な目標値を設定することで、改革の目指すところが明らかになり、かつ改革の進捗状況の管理が可能になったこと
3) 全社のバランススコアカードを地域別ビジネス・ユニットや個人へと展開し、最終的には社員ひとりひとりのバランススコアカードを策定したことで、全社員が目標と当事者意識をもって改革に取り組む風土が醸成されたこと
企業の目指す方向性を落とし込んで定量的な数値目標が設定され、全社員が自分自身の目標と当事者意識を持って業務に取り組んだことによって、あらかじめ設定された目標を大きく上回る業績を達成することができたのです。
?マトリックス評価制度
目標管理制度に必ずしも変わるものではありませんが、近年欧米企業で広まりつつあるのが、マトリックス評価制度です。
このマトリックス評価制度は、成果を構成する「結果」「過程」の2つの要素について、2次元マトリックスの中で評価していくものです。
例えば、マトリックスの横軸には業務上の実績を置き、縦軸には企業組織の重視している価値観(リーダーシップ等)をどれだけ体現できているかを置いて、評価を行います。
このようなマトリックスを用いて評価を行う場合、業務の実績面で優秀であるだけでなく、企業組織の重視する価値観を強く体現できている社員であれば、まさに企業組織に望まれる社員像を体現している社員であるということができるでしょう。
また、企業組織の価値観を強く体現できている社員であっても、業績の上がっていない社員については、潜在能力はあっても知識やスキルが不足しているとみなされ、トレーニングやコーチングを施そうという議論に発展していきます。
?コンピテンシー評価
コンピテンシーとは、「高い成果を生み出すために安定的に発揮している思考や行動特性」のことで、基準を設定したうえで評価制度の一つとして活用されています。
この定義にあるように、コンピテンシーは成果につながる「行動特性」であり、単なる知識や思考力、資格や偏差値はコンピテンシーに含まれません。
コンピテンシーは、能力主義と実績主義・成果主義を両立させたものであり、その意味で「投資型」と「報酬型」とを統合した評価システムということができます。
能力主義とは、評価対象者が持っている能力を評価するものであり、将来的にその能力が組織にとって望ましい結果につながるという前提に立っていることから「投資型」の評価方法ということができます。
一方、実績主義・成果主義の評価は、評価対象者がやったことの結果を評価することから、「報酬型」の評価方法ということができます。
つまり、コンピテンシー評価では、評価対象者の思考や行動特性といった能力と、行動結果(成果)を合わせて評価しているのです。
コンピテンシーはその特性から次の3種類に分類できます。
1) スキル:対人関係構築力や情報収集能力
2) 性格・性質:柔軟性や持続性、計画性
3) 意識:リーダーシップ等業務を行う上で個人が重要視する意識
では、コンピテンシーの概念はどのようにして生まれたのでしょうか。
コンピテンシーとは、心理学者のデイビッド・マクレランドが生み出したものです。
デイビッド・マクレランドは、外交官の採用基準を決定するために次のようなアプローチを行いました。
1) 明白に高い業績を上げている人をサンプルとして抽出する
2) 成功と不成功の分かれ目となった出来事において、良い業績を残した者がどのようなことを考え、行動したかという事実を明らかにする
3) 明らかにされた事実から高い業績につながる要因を抽出し、スコア化が可能な尺度を作成する
コンピテンシーは業種や職種によって変わってくるものであり、組織ごとに自らの理念や戦略との整合性の中で設定すべきものです。
コンピテンシーの設定にあたっては、高い成果を安定的・継続的にあげている社員について、特徴的な行動特性を具体的に取り上げて分析していきます。
その際には特定の人物と成果を定義し、その成果に至るまでの行動を掘り下げてヒアリングをしていくことになりますが、その過程において先入観を排除し客観性を確保するために、社外のコンサルタントやアセスメントセンター(人材評価を専門に行う機関)を活用するケースもあります。
設定されたコンピテンシーは、その企業組織または職種にとっての評価システムにおける座標軸として活用されます。
以上、目標管理制度(MBO)、バランス・スコア・カード(BSC)、マトリックス評価制度、コンピテンシー評価の4種類の評価方法の内容について説明してきました。
『評価システム運用にあたっての注意事項』
ここからは、評価システムの運用にあたって注意すべき事項について説明していきます。
注意すべき事項には、以下のようなものがあります。
?経営戦略との整合性
?評価バイアス
まずは、?経営戦略との整合性から説明していきます。
?経営戦略との整合性
評価システムにおいて、どのような評価方法を採用するかは企業の経営戦略の一部となります。
特に企業組織の理念との一貫性は重要です。
理念との一貫性が維持されない場合には、短期的・財務的な指標に偏った仕組みとなり、企業組織の目指す理念とは異なる方向へ進んでしまう可能性があります。
また、どのような評価方法を採用するとしても、被評価者本人への充分なフィードバックが必要となります。
評価内容のフィードバックがなされない場合には、企業組織の改善や方向修正ができません。
評価システムの究極の目的は、組織の志向性を高め、それを継続的に実現する仕組みや文化を創り出すことなのです
?評価バイアス
次に評価バイアスについて見ていきましょう。
バイアスとは偏りのことですが、評価システムにおいて、メンバーの評価を行うのもまた人間であることから、評価の内容に関しては心理的バイアスは免れません。
典型的な評価バイアスとして、以下のようなものがあります。
1) ハロー効果:特に目立つ点に影響されて、その他の項目の評価が正しく行われないこと
2) 寛大化傾向:甘めに評価してしまうこと。評価者に自信がない場合に発生しやすい
3) 厳格化傾向:厳しめに評価してしまうこと。評価者が有能で、自分を基準として評価した場合に発生する
4) 中心化傾向:評価に差をつけるのを避け、中央付近(1〜5の5段階評価の場合、3)に集中してしまうこと
5) 近日効果:最近起こった出来事で評価を下してしまい、評価期間中全体のパフォーマンスをバランスよく評価できないこと
このような評価バイアスを避けるためには、評価者に対する研修を行ったり、評価シートの設計を工夫することなどが必要です。
それでは、企業にとって望ましい評価システムはどのようなものでしょうか。
この問いに対する回答はその企業組織の置かれている環境によって変わってきます。
緊急に行動の変化を促したいような場合は、目指すべき方向をはっきりと示すことのできる実績主義・成果主義的な評価システムが望ましいと考えられます。
それは事前に目標を設定し、目標が達成されれば評価されるというシステムであり、目標管理制度が該当します。
このタイプの評価システムではトップマネジメントからのメッセージを直接伝えることができるため、即効性のあるシステムであるということができます。
その一方で、能力や情意を評価する評価システムは、評価対象者の潜在性に焦点をあてています。
したがって長期的な視点に立って、能力が開花して業績に結び付くことが考えられます。
つまり、短期的に評価するか長期的に評価するかによって、評価軸は変わってきます。
長期的な視点で評価を行うということは、人材育成の意味合いを持つことになります。
かつての日本企業では、年功序列制度の中で時間をかけてメンバーを評価するという習慣を持っていましたが、企業組織を取り巻く変化が激しい時代となり、成果主義を導入する企業が増えてきています。
企業組織のトップマネジメントは、短期的な評価で特定の行動を促し成果を求めていくこと、長期的な評価で人材の育成を進めていくことという2つの課題を持っているということができるのです。
ここまではどちらかというと評価する側の視点から評価システムを見てきましたが、評価される側の視点から評価システムを見ていきましょう。
評価される側(実際に行動を起こす側)が評価システムをどのようにとらえているかによって、実際に行動を起こすかどうかが決まってきます。
新しい人事システム導入や既存システムの変更の際には、徹底的に社員の理解を求める必要があります。
新システムの説明に丁寧に時間をかけ、様々な条件を考慮して盛り込み、社員が納得するまで説明を行う必要があります。
新しい評価システムが受け入れられなければ、マネジメントが期待するような行動を社員がとることは期待できません。
また、評価結果の伝え方も重要です。
人事評価は人材の選抜の意味合いも持っており、特に限られた資源の分配のための基準となっています。
そのため、往々にして評価される側は評価結果に対してネガティブな態度を取りがちです。
このような事態を避けるためには、実際に評価結果がネガティブかどうかは別にして、伝え方が大事になります。
実際にネガティブな評価であったとしても、被評価者がフィードバックを次のポジティブな行動につなげられるようにしなければなりません。
つまり、評価者側にはフィードバックが次のポジティブな行動の契機になるように工夫することが求められているのです。
以上、評価システムの運用にあたって注意すべき事項を中心に見てきました。
人事評価の方法としては、目標管理制度(MBO)やバランス・スコア・カード等のように成果や業績を短期的な視点から評価するものと、コンピテンシー評価のように、被評価者の能力を長期的な視点から評価するものがあります。
それらの評価方法からどの評価方法を選ぶかは経営戦略の一部となりますが、中でも企業の理念との整合性が重要となります。
評価システムは、ただ単に社員の業績や能力を評価するためだけのものではなく、マネジメント層と現場の社員とのコミュニケーションのツールとしての意味合いも持っています。
評価結果が現場社員の次の行動を促し、企業組織の業績への好影響を生み出すような仕組み作りが必要なのです。
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