業界と企業の比較分析 その2
≪業界Bの解答≫
業界Bの最も大きな特徴は、固定資産にあります。
しかも有形固定資産です。
有形固定資産ということは、資産を投資などで運用しているのではなく、形のある設備や建物、土地などを所有していることを意味します。
経営を行うにあたり、設備や建物、土地などの取得が必須の業界であるということです。
また、売上債権回転期間、棚卸資産回転期間が短いということは、「現金による販売が多い」、「原材料あるいは仕入れをすぐに売り上げることが可能」であると考えられます。
そして売上高営業利益率が低いことは、他社との差別化が難しい商品やサービスを広告や販促活動などを行って販売していると推測できます。
固定負債の割合が多く、支払利息も多いことは、有形固定資産を自己資本でまかなうことは難しく、固定負債に頼りがちになって利息が増大しているためと考えられます。
このようなことを考えると、業界Bは、「大手の小売業」の可能性が高いと考えられます。
大手の小売業や飲食業は、売上を伸ばすためには新規店舗の展開が必須となっており、必然的に店舗を出店するための有形固定資産が膨れ上がります。
そして販売は原則として現金販売であるために売上債権期間は短くなり、商品に日持ちのしない生鮮食品などが多いと棚卸資産を持つわけにはいかないので、特売などで在庫を処分することが多くなります。
なお固定負債が多いのは、売上の推移によって店舗の新規出店や撤退などの動きが激しく、長期にわたって店舗を安定的に運営していくのが難しいために、自己資本で固定資産を購入するにはリスクが大きいためです。
支払利息を支払ってでも借り入れに頼ったほうがリスクを少なくできる可能性が高いということです。
≪業界Cの解答≫
業界Cの特徴は、棚卸資産が圧倒的に多く、かつ棚卸資産回転期間が圧倒的に長いことです。
このことは、在庫が長期間にわたって使用できるもの、もしくは完成するまでに時間がかかるもの、あるいは商品自体が非常に高価であるということを意味しています。
また、固定負債が多く自己資本が少ない、また固定資産をほとんど持たないという特殊性もあります。
これは本来短期で回収できるはずの棚卸資産の回収に時間がかかるため、長期の借り入れに頼らざるを得ないという事情から来ていると考えられます。
このようなことを考えると、高価な棚卸資産が多く、かつ回収までに時間がかかる業界、つまりは「不動産業」である可能性が高いということになります。
不動産業界は完成までに非常に時間がかかるために棚卸資産が増えます。
そのため、建設費用の資金調達を長期の借り入れで行わなければならない場合が多いのです。
≪業界Dの解答≫
最後は業界Dです。
この業界の特徴はまず、売上高総利益率が比較的低いことです。
これは仕入れと販売価格に差がない、あるいは原材料を比較的多く使用する業界と考えられます。
そして減価償却の進んだ有形固定資産が比較的多いことは、老朽化の進んだ固定資産が多いことを意味し、新規で参入してくる会社よりも長く経営を行っている会社が多いことを意味しています。
また自己資本比率が比較的高いことは、これまでの利益の積み重ねが蓄積されていること、概ね特徴的な指標が少ないことは、日本の代表的な業界になっているということが考えられます。
これらのことを考えると、業界Dは「製造業」である可能性が高いと判断できます。
製造業は原材料の割合が高いために、比較的売上高総利益率は低くなる傾向にあります。
そして昔から小規模で経営されている会社も多く、設備などの老朽化が進んでいる場合があります。
このため、減価償却が進み(減価償却累計額が大きくなる)、資産価値が減少しているケースが多いのです。
かつ、昔ながらの会社が多いことから過度な投資は控えて利益の蓄積を進めている会社が多く、比較的自己資本比率は高めになります。
製造業は、他の業界と比較すると最も標準的な財務環境になりやすいと言えます。
いかがだったでしょうか。
ある程度の予想を立てることはできたでしょうか。
上記のように考えていくと、財務諸表にも業界ごとにかなり特徴があることがわかると思います。
同じ規模でも例えば不動産業界の会社とインターネット業界の会社の財務諸表はまったく別物になるのです。
経営分析を行う際は、このような点に気を付けて行うようにしましょう。
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