会社組織をめぐる法務の全体像
今回は会社組織をめぐる法務の全体像について説明していきます。
この文章を読むことで、「ビジネス法務を円滑に遂行していくために必要なこと」「株式会社の機関」などについて学ぶことができます。
ビジネス法務を円滑に遂行していくために
ビジネス法務(企業法務)を円滑に遂行していく上で必要なことは、まず「社内の依頼者(業務担当者)とよくコミュニケーションを取り、依頼の意図やアウトプットまでのスケジュールなどをしっかりと把握すること」です。
そして、「常に最終的に自社に有利となるようなアウトプットを行うこと」が使命です。
さらに、この「自社に有利となるようなアウトプット」を行うためには、「自社の仕組みを知ること」が法務担当者にとって必要なこととなります。
つまり、自社にはどのような組織があり、どのように機能しているかを知ることです。
自社の組織構造を知らなければ、自社に有利なアウトプットも導けない、あるいは見当違いなアウトプットを生んでしまう可能性があるためです。
そして、その次には自社だけではなく、契約の相手先などの組織、ひいては会社法などで規定されている会社の制度そのものを知る必要も出てきます。
自社を知ったら今度はより広い範囲での「法令上の会社」を知ることが必要ということです。
ここからは、会社組織の一般的な例を考え、組織についてやステークホルダー(関係者)の権限、あるいは会社そのものの仕組みについて学んでいきましょう。
企業買収の場合
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社のM社長は、あるアプリ開発の会社を買収しようと考えています。
M社長は、Z社に買収を打診してきた金融機関と打ち合わせを行うこととしました。
そして、M社長は金融機関の担当者に、以下のような話を持ち掛けました。
M社長:
「我が社はアプリ開発を基盤事業とする会社です。よって相手先のアプリ開発事業には非常に興味を持っているのですが、その他の事業についてはシナジーが見込めないのでアプリ開発事業だけを買収したいと考えています。」
金融機関の担当者:
「アプリ開発だけを事業譲渡で買収したいということですか?」
M社長:
「そうなんです。」
金融機関担当者:
「確かに御社の事業内容を考えると酒類の卸売りなどの事業は買収メリットには乏しいと言えますね。
しかしご存知かとは思いますが、相手先の会社はあくまでも会社としての売却を検討しています。事業譲渡となるとアプリ開発以外の事業は残ってしまいますから、難しい調整が必要になりますね。
そして相手先企業はブランド価値のある老舗ですから、もしかしたら他にも買収を考えている会社が出てくるかもしれません。そのあたりを考慮して、やはり事業譲渡と考えるか、吸収合併という形にするかを検討していただけませんか?」
M社長:
「わかりました。再度検討します。」
そして、M社長は会社経営の先輩でもあるY社のN社長の元を訪れ、相手先の会社の名前などは伏せて一般論として買収について聞いてみました。
N社長:
「事業譲渡と吸収合併かあ。まあどちらがいいかは場合によるだろうと思いますよ。御社の場合は事業がアプリ開発に特化してますから、検討するとしたらやはり事業譲渡ということになるんじゃないですかねえ。」
M社長:
「やはりそうですか。」
N社長:
「事業譲渡の場合は買収のための現金が必要ですが、引き受けるのは事業だけですから、相手先の偶発債務をも引き継ぐリスクは少なくなりますからね。」
M社長:
「なるほど。」
N社長:
「ただ事業だけを切り離して引き継ぐということは、個別でいろいろな手続きが必要ということにもなります。そのあたりも含めて、相手先の事情なども考慮して検討すべきでしょうね。」
M社長は改めて様々な買収形態のそれぞれの手続きの違いなどについて勉強する必要があると感じました。
【解説】
M社長はある老舗企業の買収を事業譲渡で行いたいと考えています。
しかし、相手先は会社自体の売却を希望しており、かつ買収を考える会社が他にもあるかもしれないという状況です。
このような場合、M社長は金融機関を通して事業譲渡で相手先と調整してもらうのか、思い切って会社として丸ごと吸収合併するか、あるいは買収をやめるかの選択に迫られることになります。
そして、買収については会社法によってその手続きが定められており、それらの手続きも考慮した上で決定していくということになります。
ここでは買収方法が話題となっていますが、会社法ではそれ以外にも会社に関する様々な規定があります。
そして、法務担当者が業務を抜かりなく行っていくためには、これらの全体的な知識が必要となります。
会社の設立はどのように行うのか、その種類や機関にはどのようなものがあるか、資本はどのような場合に増加させ、どのような場合に減少させるのか、などです。
合併や事業譲渡は、その中の1つです。
例えば、株主総会の承認を必要とするのはどのような場合なのかを知らなければ、何らかの意思決定をしたとしても、それは実は株主総会での決議が必要な案件だったため、決定が遅れる事態にもなりかねません。
これらの仕組みを知ることが、円滑に業務を行う基礎となります。
また、会社の機関については、ここでその概要も取り上げておきます。
株式会社の機関
一般的な株式会社の機関は、以下のようになっています。
株主総会
一般的には、まず会社の根幹となる機関が株主総会です。
会社の重要な決定は、株主総会の決議が必要な場合が多くなっています。
特に重要な決定については特別決議(原則として、議決権の過半数を持つ株主が出席して、その2/3以上の賛成を必要とする決議)が必要となります。
取締役会
株主総会の下に位置するのが取締役会です。
取締役会とは、3名以上の取締役で構成される機関です。
取締役は会社法で規定されている会社の役員で、業務の執行を行う役割を負っています。取締役は会社に雇われている従業員ではなく、会社から委任された役員です。
よって、取締役は一般の社員(従業員)とはその契約形態や立場に明確な違いがあります。
なお、取締役と同じように考えられている執行役員は会社法上で役員としては規定されておらず、従業員に属するために取締役とは立場が異なる存在です。
また、取締役会は設置が任意の機関です。
例えば設立時に取締役が3人未満しか集まらなかった場合は、取締役会を設置せずに会社を設立することができます。
そして、取締役会を設置しない場合は、会社の大半の意思決定は株主総会で行われることとなります。
監査役
監査役は、会社(主に取締役)の業務執行が適切かどうかを監督、検査する役割を負っています。
特に取締役は権限が大きいため、適切ではない意思決定を行って会社の不利益になるようなことになっていないかどうかを監査するのが監査役です。
なお、監査役も設置は任意です。
ただし、取締役会を設置している場合は原則として監査役の設置が必須です。
代表取締役
代表取締役は、一般的には社長を指します。ただ、社長という役職名は会社法には規定されていません。
社長という役職はあくまでも一般的な通称であり、通常は代表取締役が社長と言われるということです。
なお、代表取締役は一人でなければいけないという規定はありません。
よって複数の代表取締役が存在する場合もあります。例えば会長と社長が両方代表取締役であるという場合もあります。
なお、取締役会が設置されていない場合は、代表取締役も設置する必要はありません。
取締役会が設置されていない場合は、原則として全取締役が業務執行責任を持つためです。
ポイント
・法務担当者は自社だけではなく、会社法で規定されている会社の制度を知る必要がある。
・会社法では会社の設立や種類、機関や資本などについて規定されている。
・会社の主な機関として、株主総会、取締役会、監査役、代表取締役がある。
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