契約書審査業務の手順
今回は契約書審査業務の手順について説明していきます。
この文章を読むことで、「他社が契約書を作成した場合に、法務担当者がどのようにそれを審査するか」について学ぶことができます。
契約書の審査
契約書には自社で作成する場合と他社で作成する場合の2つのパターンがあります。
自社で作成する場合は自社の作成手法で行えばよいのに対し、他社が作成する場合はその契約書の内容は未知のものとなります。
よって、その契約書が自社にとって不利な内容となっていないかを審査しなければなりません。
これは法務担当者の重要な業務です。
ここでは他社が契約書を作成した場合に、法務担当者はどのようにそれを審査し、フィードバックすべきかを考えてみましょう。
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社の法務担当者であるT君は、ある日社長に呼ばれてこう言われました。
M社長:
「君も法務担当になって、かなり契約書に触れてきたと思う。そこで今日は君にわが社が今度結ぶ予定の契約書に問題がないかの確認をしてほしいと思うんだ。この契約書は先方が作ったものだ。先方とはこれまでに何度も契約を結んでいて、契約についてトラブルが起きたことはないから、まったく知らない会社ではないので安心してほしい。
ただ、問題は契約内容が開発に関するものなんだ。最初はS君に頼もうかとも思ったんだが、彼はちょうど今休暇を取ってしまっている。君は営業出身だから開発に関してはわからない部分もあるかもしれない。しかし、いかんせん相手先は急いでいるらしい。
そこでぜひ契約書をチェックしてもらって、修正すべき点を私に教えてもらいたいんだ。これは開発部門のことを知るチャンスでもあると思うから、ぜひお願いしたい。」
T君にとってはまだ契約していない段階の契約書を見ることは初めての経験でした。
契約書は予防法務の中でも非常に重要と言える業務であるために細心の注意を払わねばならず、しかも現場知識も必要であることは日頃の業務を通じてT君も重々承知しています。
さらに、開発出身のS君は休暇中です。
T君は自分にできるのだろうか?と思いました。
しかし、今後の自分のためにはそのような確認業務もできなければいけないと思い、「わかりました。」と言って引き受けました。
法務担当者になってから契約書自体はたくさん見てきましたが、いざ自分が目を通して確認したものが本当の契約になると思うとやはり緊張します。
しかも、相手は急いでいるとのことです。
T君は焦りを感じましたが、法務担当者には開発出身のA君もいます。
T君は可能な限り現場の意向も踏まえて確認作業を行おうと思い、早速契約書に目を通し始めました。
【解説】
例題のT君が思ったように、契約書の審査は紛争法務を予防するという意味で大変重要な業務となります。
契約書審査は慎重に、かつ見落としのないように進めなければなりません。
そして、例題でもそうだったように、時間が限られている場合が大半です。
契約をスムーズに進めるためにはどのように審査を進めていけばよいかを考えてみましょう。
契約書審査の流れ
契約書の審査は、以下のような流れで行っていきます。
1.内容の把握
まず、最も大事なことは、契約書の内容把握です。
具体的には何に関する契約なのか、あるいは契約自体が必要なものなのか、契約期間はどのくらいのものか、ということです。
例えばアプリケーションの開発に関する契約であれば、それがどのような用途のアプリケーションなのか、契約を結んで納品する必要のあるものなのか、契約期間はどれくらいなのかを「俯瞰」して把握するということです。
「俯瞰」とは、様々な状況を考慮して全体的に見るということです。
ある一部分の情報だけを見て「この契約は結ぶ必要がある」と判断してしまったとしても、実は多方面から考えた場合は、契約を結ぶことで会社に不利益がもたらされる可能性があるということです。
アプリケーションの開発で考えてみると、例えばそのアプリケーションには汎用性があり高性能であるため、他社への販売も可能であるとします。
しかし、契約書に「他社への販売は禁止する」といった条項がある場合は、その契約にしばられて他社への売上のチャンスを逃すことになってしまいます。
よって開発部門、あるいは営業部門など現場の意見を聞きながら、「会社全体として」内容を把握することが必要となります。
2.問題点の抽出
内容が把握できたら、今度は問題点を抽出していきます。
最も大事なことは目的物と対価が明確になっているかということです。
基本的なことではありますが、目的物および対価が他の意味を持たない明確な表現になっていることを確認します。
また、必要な条項がすべて含まれているか、あるいは(特に自社に不利になるような)不必要な条項が含まれていないかどうかも確認します。
相手先には一定の条件で契約解除の権利が与えられているにもかかわらず、自社にはそれがないといった場合は、条件的に不利な契約になると考えられるので、問題点として挙げておきます。
上述した「他社への販売は禁止する」などの条項についても、各部門の意見や会社の方向性を考え、問題と判断される場合は指摘事項とします。
3.修正案の作成
問題点が抽出できたら、今度は修正案の検討に入ります。
修正案はあくまでも「自社に不利な契約にならないもの」としなければなりません。
例えば、自社に契約解除の権利がない場合はその条項を追加し、会社として他社への販売も検討している場合は、他社への販売禁止という条項は削除するという具合です。
その際は誤字脱字に気を付け、不明点があいまいな形ではなく、しっかり解消されていることを確認します。
ただ、契約は相手があることですので、こちらの要望だけを記載するということでは今後の関係を悪化させることにもなりかねません。
会社にとって相手先はどのような会社であるかを考え、かつ現場担当者の意見なども踏まえて、可能な限り現実的な内容となるように心がけましょう。
4.修正案の確認
修正案ができたら、確認を行いましょう。
法務部門では判断できない、目的物の納期や対価について各現場での認識が契約書に書かれた内容と一致しているかどうか、納品方法や支払い方法などに問題はないかなどを確認します。
そして、内容が自社だけの利益を追求したものになっていないかどうかも合わせて確認します。
契約は今後のビジネスに影響を与えるものでもありますので、相手先が受け入れ可能なものでなければなりません。
相手先の経営状態や規模などを考慮し、今後につながるような契約書になるようにします。
最後に再度一読し、全体としてわかりやすく修正されているかどうかを確認します。
修正が多くなると、個別の文章は問題なくても通して読むとわかりにくくなっているという場合もあります。一から読み直して見直しましょう。
まとめ
・他社が契約書を作成した場合は、その契約書の内容は未知のものであるため、自社に不利なものとなっていないかを法務担当者が確認する必要がある。
・契約の内容に関する審査は、現場に確認しながら行う。
・審査は、内容の把握→問題点の抽出→修正案の作成→修正案の確認の順で行う。
・修正案は誤字脱字やわかりにくい文章になっていないか、現場の認識と一致しているか、他社が受け入れ可能となっているかなどを中心に確認していく。
・契約は会社の今後にもつながるため、相手先との関係も考慮して審査を行う必要がある。
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