ビジネス法務(企業法務)担当者の心構え
ビジネス法務(企業法務)というと、イメージ的には堅い印象を受けます。法律に詳しい専門家として、机上で書籍や判例などとにらめっこをしているというイメージです。
しかし、実際の法務の仕事は、そのような机上の仕事だけではありません。ビジネス法務(企業法務)の仕事には様々なスキルや心構えが求められます。
では、法務担当者に必要なスキル、心構えとはどのようなものでしょうか?
法務担当者に必要なスキルと心構え
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社のM社長は、会社が成長するにつれてビジネス法務(企業法務)の重要性をひしひしと感じるようになりました。
そこで、法務の専門部署を立ち上げようと思い、かねてから親交があり会社経営の先輩でもあるY社のN社長に相談してみることにしました。
M社長:
今度我が社でも法務部門を立ち上げようと考えています。充てる人材は、業務知識は浅くても法律関連について詳しく、かつ一日机に向かっていても業務効率が落ちないような真面目な人材を考えています。
N社長:
なるほど。確かに法務部門の仕事には机上で行うものが多いことは確かです。
ただ、例えばその契約書の内容をチェックする、あるいは製品品質に対するクレームにが来た場合、御社では業務知識がなくてもしっかりした対応を行えますか?
M社長:
うーん、確かに難しいかもしれません。
N社長:
もちろん業務に一番詳しいのは現場の担当者です。よって現場の担当者に状況を聞きながら作業を進めることは可能です。ただその場合はその現場に負荷がかかり、本来の業務が滞るという可能性も考えなければならないのではないでしょうか?
あと、法務部門は机上で行う仕事が多いと思われているようですが、実際はそうでもないんです。もちろん机に向かう仕事が多いのは確かです。
ただ、法務部門は必ずしもルーチン作業ばかり行うわけではありません。その都度その都度で異なる判断が必要になるケースが多いんです。
そのような対応力や調整力、粘り強さを持っている人物が適任だと思いますよ。
M社長:
なるほど。法務の仕事も奥が深いのですね。
N社長:
仕事はどんな仕事であれ、奥が深いものです。やはり専門部署を立ち上げようと思うくらいの仕事ですからね。簡単にできるというわけではないと思いますよ。
M社長は開発一筋でここまで会社を築き上げたこともあり、今回新しい部署の立ち上げを考え始めたことで、自分は会社経営の全体像が見えていないということを痛切に感じました。
【解説】
一般的なイメージにもれず、M社長も法務部門の仕事には机上で淡々と行うものが多いと考えていました。
しかし、実際はそうではないということをN社長から教えてもらいました。
法務部門の仕事では「法令」がキーワードとなることは確かですが、実際に仕事を行うためには周囲の状況に合わせた様々なスキルが必要となるのです。
業務知識
法務担当者は、まず業務担当者からの依頼を受けることでその業務がスタートします。
当然その依頼内容は担当者によって異なっており、法務担当者に寄せられる依頼は業務的に深く掘り下げたものも数多くあります。
ここで必要なものは、「最低限の業務知識」です。
しかし、常識的に考えると、すべての業務知識を網羅するというのはほぼ無理な話です。
よって各部署で行っている業務の概要やこれまでの歴史、今後の方向性などの最低限の知識を身に着けておくことが必要となります。
現場の業務担当者としても、法務部門は現場を全く知らないと感じるか、現場の理解に努めていると感じるかによって、その対応は異なってきます。
現場の担当者に、「現場を理解しようとしている」と感じてもらうことが業務を円滑に行う上でも重要な鍵となります。
論理的で臨機応変な思考
そして法務担当者は、複数存在する依頼案件の中でどの案件が重要なのか、あるいはどの案件から着手すべきなのか「論理的に考えること」が必要です。
上記のような場合、最も重要度が高いものは案件B、低いものは案件Dとなっています。最も期限の短いものは案件C、長いものは案件Bとなっています。
この場合、期限だけを考えると、案件処理はC→A→D→Bの順で処理するのが適切となります。
逆に、重要度だけを考えるとB→A→C→Dの順で処理するのが適切となります。
そして、ここでは最も重要度が高く、かつ期限も比較的短い案件Aを最優先に持っていくべきということは、何となく一目でわかります。
しかし、次は何を処理するべきか?ということになると、これだけでは判断がつきません。
まずは案件全体に目を通し、処理にかかる手間や時間などを総合的に考えて処理しなければなりません。
期限から考えると最も短い案件Cが次に来るように思われますが、例えば、案件Cの内容が古くからの取引先とのこれまでの契約内容の確認(リーガルチェック)で、案件Bは営業部門が総力を挙げて力を入れてきた大口取引先との契約書確認だった場合、状況によっては案件Cではなく、案件Bに力を入れるということも必要になります。
法務部門でも、考えるべきはあくまでも「会社の利益」であるため、より会社の利益に貢献できる案件に力を入れるべきということになるのです。
しかし、何も考えずに目の前の仕事だけに没頭してしまうと、「必要な書類がそろわないために大口の新規顧客を逃してしまった」あるいは「クレームに対する初期対応が遅れ、結果的にそのクレームが拡散してしまって多大な不利益を被った」などの経営被害が発生することになります。
よって、その時にすべきことを的確に判断する「臨機応変な思考」が必要です。
さらに、部門内では解決できない専門的な内容については、外部の専門家とやり取りをしてスムーズに処理を行わなければなりません。
この際には専門家とのコミュニケーション能力も問われます。
今度は依頼される側ではなく、依頼する側となり、依頼内容を的確に専門家に伝えた上で、最小限のコストで適切な判断を導くことが必要となるのです。
外部関係者との折衝を的確に行うということです。
責任感・メンタルの強さ
最後に、成果物を完成させる上での「正確性」や「チェック能力」なども法務部門担当者に必要な重要スキルです。
様々なチェックを行って時間をかけて成果物を完成させたとしても、その成果物に大きな間違いがあればせっかくの労力と時間が無駄になってしまい、場合によっては会社の業績に大きな影響を与えることもあります。
しかも一旦成立した契約は、簡単に解除することはできません。どうしても契約を解除したい場合には違約金が発生するなどのコストがかかり、ひいては取引先に「簡単に契約を解除する会社」というイメージを与えてしまい、もう契約しないという取引先が出てくるかもしれません。
このような状態も会社にダメージを与える一因となります。
契約書などの成果物はあくまでも会社として処理される、とても重要なものです。
よって法務担当者には決してただ法律に詳しいというだけではなく、重大な責任を持って仕事をするという使命感も必要になります。
このように考えると、法務部門の仕事は、「与えられた状況の中で、いかに諦めずに最大のパフォーマンスを発揮し、かつそれを継続できるか」ということになります。
法律の知識に加え、様々な分析や調整スキル、正確に成果物を仕上げるスキル、そしてメンタルの強さが必要となるのが法務部門なのだということを意識しておきましょう。
まとめ
・法務の業務は、机上で行うものだけではなく、業務知識も必要となる。
・業務は会社としての重要度を考え、論理的に行っていく必要がある。
・法務担当者には責任感やメンタルの強さも必要になる。
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