懲戒処分・解雇・退職勧告とそれらをめぐるトラブル
今回は懲戒処分・解雇・退職勧告とそれらをめぐるトラブルについて説明していきます。
この文章を読むことで、「懲戒処分の概要」「退職や解雇をめぐるトラブル」について学ぶことができます。
懲戒処分の概要
懲戒とは、労働者が会社の規律に反した場合、あるいは秩序を乱した場合に使用者が労働者に対して課す制裁のことです。
労働者は会社で働く時点で会社の規律を順守しなければいけないと考えられているため、使用者は会社の規律を守るために、そのような労働者を懲戒の対象とすることができるということです。
しかし、懲戒処分はその後の労働者の人生を左右する可能性もある重大事であり、会社としてどのような行為が懲戒の対象となるのかや処分対象、処分内容などを明確にし、周知しておく必要があります。
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社のM社長は、今新たに法務担当部門を立ち上げようと計画しています。
そしてそのことを会社経営の先輩でもあるY社のN社長に話していました。
N社長:
「ひとまず適任の法務担当者が見つかってよかったですね。法務の仕事はストレスも多いですから、それを熱意を持ってできるということは素晴らしいことです。よい人選でしたね。法務担当部門を立ち上げるうえでも、まずしっかりとした担当者ができたことは弾みになると思います。あとは部門の立ち上げと並行して社内の規則整備などもやっていきたいですね。」
M社長:
「そうですね。社内の規則整備は確かにわが社の課題でもあります。今後も組織の拡大を考えるとしたらぜひとも必要なことだと考えています。」
N社長:
「仰る通りです。お恥ずかしい話ですが、実はわが社で先日、社員が顧客情報を不正にダウンロードするということが起きて、これが懲戒事由に当たるかどうかでもめたところなんです。情報は流出しませんでしたし社員はミスだったと主張しています。しかしとてもミスだったとは思えないし、一歩間違えれば立派な事件になっているような話です。
ただ、わが社の懲戒事由は情報が流出した場合についてしか規定していませんでしたので、流出していない今回の件で懲戒処分にできるかどうか揉めたというわけなんです。今後は業務に不要な情報を無断で取得したことについても懲戒事由としなければならないと考えています。」
M社長:
「確かに会社が大きくなっていくといろいろなことが起きて、規律を維持することが重要になりますね。わが社でも組織だけではなく、規則の見直しにも力を入れようと思います。」
M社長は帰社後に法務担当者であるA君と話をし、今後法務担当部門の立ち上げと並行して、社内規則の見直しを行っていくことを伝えました。
【解説】
上述したように、会社は使用者と労働者が規律を守るということが前提になっている組織です。
不正や犯罪などは会社の信用問題になるために、厳正に対処していかなければなりません。
そして、その場合の懲戒処分には以下のものがあります。
軽いものから順に、どのような内容かを確認していきましょう。
・戒告
戒告(かいこく)とは、口頭での注意処分のことです。
労働者に対する今後の警告処分です。
・けん責
けん責は戒告による口頭の注意に加え、始末書を提出させることです。
・減給
減給は、本来もらえるはずだった給料が減額される処分です。
ただし、労働者の懲戒処分として減額される額には、一定の上限が定められており、どれだけ減給してもよいというわけではありません。
・出勤停止
出勤停止とは、労働者の出勤を停止すること、いわゆる謹慎処分です。
出勤停止になると労働者は本来会社に提供すべき労働を提供できない状態となるため、特段の定めがない限り、その期間の賃金は支払われません。
・降格
降格とは、職位を引き下げることです。
例えば課長職だったものを一般職にするといった処分です。
・懲戒解雇
懲戒解雇は懲戒処分の中でも最も重い処分で、労働者を強制的に解雇することです。
懲戒解雇は通常一定期間前の予告を必要としますが、労働者の行為によっては即日解雇となることもあり、労働者の生活に多大な影響を与えます。
このため、懲戒解雇処分は重大な規律違反などに対してのみ行われることとなります。
懲戒処分の前提
懲戒処分は、罪刑法定主義が前提です。
罪刑法定主義とは、罪についてはあらかじめその内容が規定されていなければならない」という原則です。
ここでいう罪刑法定主義とは、懲戒処分にあたる行為(事由)は、会社にその規定がなければならないということです。
例題のY社のN社長が話していたように、懲戒事由が存在しなければ会社は労働者に対して懲戒処分を下すことはできないのです。
このことは労働者保護という観点からも法律によって定められています。
よって懲戒処分を正当なものとするためには、まず懲戒事由を明らかにするということが必要です。
例題でN社長の会社で揉めたのは、就業規則では顧客情報を不正にダウンロードするという行為が懲戒事由とはなっていなかったためです。
よって、考えられる懲戒事由は就業規則に事前に記載しておく必要があるということになります。
ただし、いくら就業規則に定めた懲戒事由に抵触したからといっても、どのような処分も可能というわけではありません。
労働契約法では、「使用者が労働者を懲戒することができる場合」でも、「労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして」、以下の場合はその処分が無効となるとしています。
1.客観的に合理的な理由を欠く。
2.社会通念上相当であると認められない。
つまり、客観的に合理的な場合であって、社会通念上相当でなければ懲戒処分は無効となるということです。
例題でいうと、例えば顧客情報が誰でもアクセスできる状態で保存されており、操作ミスや故意による不正ダウンロードを防ぐ手段が取られていなかったとします。
そうすると、それは会社側の技術対応にも大きな問題があり、社会通念上相当であると認められずに懲戒処分は無効となる可能性もあります。
また、それ以外にも以下の原則があります。
・適正手続きの原則
一般的に、適正な手続きを取らなければならないということです。
例題のように社員がミスだったと主張しているにもかかわらず、それを無視して懲戒処分とするのは「懲戒権の濫用」とされる可能性があります。
会社は、社員の行為がミスなのかどうかを根拠を持って判断しなければなりません。
・平等取り扱いの原則
処分は平等に行わなければならないということです。
仮にかつて同じような行為があったにもかかわらず、その行為は不問で今回だけ懲戒処分とするのはこの原則に反することとなります。
・個人責任の原則
責任は個人が負うという原則です。
例えば、情報をダウンロードした個人は特定することができず、部署だけが特定された場合などに、その部署全体を懲戒処分することはできないという原則です。
処分はあくまでも個人が対象になるということです。
・不遡及の原則
過去にさかのぼって懲戒処分することはできないということです。
例えばこれまで懲戒事由として就業規則で規定されていなかった情報の不正ダウンロードという行為を懲戒事由に新たに設け、そのうえで過去の行為を懲戒事由とすることは、この原則に反します。
・二重処罰禁止の原則
一つの事由に対して二重で処罰してはいけないということです。
例えば出勤停止処分を行い、そのうえで降格させることはこの原則に反します。
あくまでもどちらか一方の処分を行うべきということです。
懲戒処分を行うに当たっては、このような原則を理解しておく必要があります。
解雇
ここで、解雇について確認しておきましょう。
解雇とは、様々な理由で使用者側から労働者との労働契約を解除することです。
これに対して労働者側から契約を解除することは、退職と呼ばれます。
そして解雇には懲戒処分となる懲戒解雇以外にも普通解雇、整理解雇があります。
それぞれの具体的内容は、以下のようになっています。
普通解雇
普通解雇が行われるのは、主に以下の場合です。
1.大きな病気やケガなどで、労働を提供することが難しいと判断された場合。
2.勤務態度や勤怠状況が非常に悪く、社員として適格ではない場合。
3.労働に関する能力が極度に不足している場合。
合理的に判断された結果が上記のような場合は、普通解雇の対象となりえます。
1.の場合はわかりやすいですが、2.と3.の場合は客観性が求められますので、慎重に、また公平に判断しなくてはなりません。
整理解雇
整理解雇とは、会社が不振に陥ったときなどに、今後の存続のために行う解雇で、リストラによる解雇も整理解雇に含まれます。
しかし、いくら会社が不振だといっても、当然のことながらすぐに解雇できるわけではありません。
そこで整理解雇には4要件というものがあり、この4要件が満たされなければ解雇できないとされています。
【整理解雇の4要件】
1.整理解雇を実施する必要性があること
2.整理解雇を実施するまでの過程で、それを極力避けるように会社として努力したこと
3.整理解雇の対象となる労働者の選定が合理的であり、不公平ではないこと
4.労働者または労働組合に対して、整理解雇の理由を説明し、協議していること
これらの4要件が満たされなければ、整理解雇は無効となります。
倒産を避けるためとは言え、企業努力を怠ったり社員に十分な説明を行わない場合などは、整理解雇は行ってはならないということです。
≪解雇の予告≫
労働者の立場で考えると、会社から解雇されるということは、その途端に収入がなくなってしまうことを意味します。
よって解雇する際には、予告が必要とされています。
原則としては、30日前までに予告します。
しかし、例えばその労働者を30日間会社に在籍させることで「明らかに作業効率が落ちる」、あるいは「その労働者が周囲に悪影響を及ぼす」といった場合は、30日分の賃金を支払うことですぐに解雇することができます。
この賃金は解雇予告手当と呼ばれます。
≪解雇の予告が不要な場合≫
解雇は30日前の予告が原則です。
しかし、予告せずに即日解雇できる例外もあります。
この例外が適用されると、30日間の賃金を支払うことなく、労働者を即日解雇することができます。
そしてそれは、以下のような場合です。
1.天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合
2.労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合
そして2については、以下のようなケースを「労働者の責に帰すべき事由」としています。
・極めて軽微なものを除いて、横領や傷害などの犯罪に該当する行為があった場合
・賭博などにより職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ほす場合
・採用時に経歴を詐称していた場合
・他社へ転職した場合
・2週間以上正当な理由がないまま無断欠勤し、かつ出勤の督促に応じない場合
上記1と2に該当する場合は、予告することなく即日解雇が可能となります。
しかし、勝手に行うことはできません。
その濫用を防ぐために、労働基準監督署の認定を受けることが必要です。
よって、手順としてはまずは労働基準監督署に申請を行い、認定を受けた上で即日解雇を行うということになります。
退職や解雇をめぐるトラブル
円満な自己都合の退職を除き、使用者や労働者の合意のない退職や解雇にはトラブルがつきものです。
例えば、労働者が解雇を不当なものとして会社を訴えるケースは、その典型です。
退職や解雇には様々な事情があると考えられるので、完全にトラブルを避けることはできないとしても、会社が誠意ある対応をすることで「ある程度避ける」、あるいは「訴訟で有利となる」ことが多くなります。
よって、最後にトラブル回避のために必要なことを挙げておきましょう。
・解雇に至る経緯を記録し、理由を明確に労働者に伝える
懲戒処分の中でも、解雇は最も客観的に合理的な理由を必要とされ、社会通念上相当であると認められることが必要です。
よって犯罪などを除き、解雇理由が、「一度注意しても改善されないため」などとなると、認められない可能性が高くなります。
このため会社は対象の労働者に対して再三にわたって注意(教育)し、それでも改善が見られない場合には今後解雇などの対応を検討する可能性があることをしっかり伝え、そのことを記録に残しておくことが必要です。
そのような会社の対応記録は、正当な解雇理由として認められる可能性が高くなります。
また、解雇を通告する際も、口頭ではなくできる限り書面で行うようにします。
解雇は口頭通知でも有効とされていますが、書面に解雇理由などを明示することで、その後のトラブルを抑制する効果が生まれる可能性があるためです。
・退職や解雇後の発行書類にも気をつける
退職や解雇があった場合、退職した社員は退職証明書を、解雇を予告された社員は解雇理由証明書を請求することができます。
解雇理由証明書は解雇予告があった日から退職日までの間に請求することができ、退職証明書は退職後から2年間請求することができます。
この請求は労働基準法によってその権利が認められています。
よって請求があった場合は、遅滞なくかつ無料で交付しなければなりません。
なお、この際に気を付けなければならないことは以下です。
【退職証明書の場合】
退職証明書には、使用期間や業務の種類、その事業における地位、賃金、退職事由が記載されます。
しかし、これらのうち、何を記載してもらうかは請求者が選択することができます。
例えば請求者が何らかの理由で賃金の記載を請求していなければ、退職証明書に賃金を記載することはできません。
会社はあくまでも請求された項目だけを記載しなければならないということです。
【解雇理由証明書の場合】
解雇理由証明書は、一般的に解雇を不当であると考える場合に請求するケースが多くなります。
退職を証明するだけであれば、退職証明書を請求すればよく、解雇理由証明書を請求する必要がないためです。
よって会社は解雇が正当なものであることを証明するために、解雇理由を具体的に記載しなければなりません。
就業規則の解雇事由に当てはまる場合には、就業規則のどこにその解雇事由があるのか、あるいはその解雇事由に当てはまるまでの経緯や事実を解雇理由証明書に記載しなければなりません。
なお、退職証明書と解雇理由証明書の交付は義務であるため、仮に使用者が交付しなかった場合は、罰則があります。
合わせて注意しましょう。
まとめ
・懲戒処分とは、会社組織の規律を維持するための制裁に当たる処罰である。
・懲戒処分には、戒告、けん責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇などがある。
・懲戒処分は罪刑法定主義が前提であるため、処分を行うには懲戒事由が事前に定められており、かつ客観的に合理的であり、社会通念上相当でなければならない。
・懲戒処分を行うには、適正手続きの原則、平等取り扱いの原則、個人責任の原則、不遡及の原則、二重処罰禁止の原則を守らなければならない。
・解雇には普通解雇・整理解雇・懲戒解雇があり、例外を除いては30日前までに予告の上で行う必要がある。
・退職や解雇のトラブルを防ぐためには、経緯の記録や労働者への伝達を明確に行う必要があり、退職後の書類請求などにも迅速に応じることが大切である。
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