電子商取引と電子契約
今回は電子商取引と電子契約について説明していきます。
この文章を読むことで、「電子商取引を行う際の法務上の注意点」「電子商取引と電子契約法の概要」について学ぶことができます。
電子商取引を行う際の法務上の注意点
企業のECサイトや電子商店街(楽天など)での販売が日常的になるなど、現在の販売形態は多様化し、インターネットによる取引(電子商取引)が当たり前になっています。
そして、それは販売する会社や消費者に様々な影響を及ぼしています。
例えば良い影響としては、「買い物難民と呼ばれる人々に買い物の機会を与える」「これまでBtoBでしか事業を行ってこなかった会社に事業機会を与える」「価格が簡単に比較できるようになり、消費者はより安い価格で売っている商品を簡単に見つけ出すことができる」などを挙げることができます。
悪い影響の代表的な例は、詐欺です。
通信販売を装うECサイトを立ち上げ、激安販売などと宣伝して顧客を集め、代金だけを支払わせて雲隠れしてしまうなどの行為が後を絶ちません。
これは当事者が顔を合わすことのない電子商取引が一般化して、消費者が無防備になってしまった弊害とも言われています。
では、もし会社で電子商取引事業を開始しようとする場合、どのような点に注意すればよいでしょうか。
ここでは電子商取引を行う際の法務上の注意点について考えてみましょう。
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社の法務担当者であるA君、S君、T君は、M社長から以下のような指示を受けました。
M社長:
「君たちはまだ知らないかもしれないが、当社の開発部門では現在消費者向けのアプリ開発事業に力を入れている。そしてこれまでのBtoB事業だけではなく、今後BtoC事業も拡大していくつもりだ。そのためにBtoC事業の経験者を積極的に採用して、技術的にはいつ新製品をリリースしてもおかしくない状態になっている。
ただまだ我々の準備は道半ばで、マーケティング戦略も顧客対応体制もできていない。そして何より、ECサイトを使って行うBtoC事業では何に気をつければいいのか、法制度に関する理解も残念ながら進んでいない。
そこで君たちには、我が社がECサイトを開設するとしたら法務的にはどのような問題があり、何に気をつければよいかを考えてほしいんだ。次から次にいろいろ頼んでしまって申し訳ないのだが、ぜひお願いしたい。」
3人は社長の話を聞き、以下のような話をしました。
S君:
「今は電子商取引は当たり前の時代ですからね。それほど問題にはならないのではないでしょうか。」
T君:
「いや、そんなことはないと思う。電子商取引は従来の取引とは異なる部分があるから、民法に代わる法律や規則ができているはずだ。我々が認識していないものもあると思うよ。しっかり調べたほうがいいんじゃないかな。」
A君:
「確かにT君の言う通りかもしれないね。いくら電子商取引が身近になってきてるとは言え、例えば自社でECサイトを構築しようとしたら、そう簡単にはいかないはずだよ。
対面販売と違って直接製品とお金を交換するわけではないから安全性にも留意しなければならないし、何をもって消費者契約が成立するかという問題もある。しっかりと調べてみよう。」
S君:
「確かにそうですね。今我々は消費者ではなくて販売側だということを忘れていました。しっかりリサーチしなければならないですね。」
【解説】
電子商取引で最もよく利用されるのはいわゆるサイバーモール、電子商店街です。
電子商店街は例えば個人でも比較的出店しやすく、消費者から信頼されている大規模な電子商店街は集客力も圧倒的であるなどの利点が多数あります。
法律にあまり詳しくなくとも、電子商店街のガイドラインを守って出店していれば、法令違反を犯してしまう可能性もぐっと少なくなります。
一方、自社でECサイトを構築する場合は、がらりと状況が変わってきます。
電子商取引に関する法律を遵守したサイトを自社で構築することが不可欠となるためです。
そして、その安全性にも留意する必要があります。
電子商取引と電子契約法
従来の取引は民法で規定されており、基本的には電子商取引もそれに従うこととしています。
しかし、電子商取引の特性を考慮して部分的に民法に代わるものとして制定されたのが、「電子消費者契約及び電子承諾通知 に関する民法の特例に関する法律」(電子契約法)です。
電子契約法では、以下の内容が規定されています。
操作ミスの救済
民法では、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。」とされています。
これを電子商取引で言うと、「法律行為の要素」は商品の購入に当たり、「錯誤(間違い)」は操作ミスに当たります。
よってこの条文が意味するところは、商品の購入時に何らかの間違いをしてしまった場合、その購入は無効となるということです。
電子商取引では、商品をレジに持って行って購入するわけではありません。画面を見て、画面の内容に従って商品や数量を決めて購入します。
しかし、このような購入方法で避けられないのが「ミス」です。
例えば、1つしか買わない予定が間違って2つになってしまったという操作ミス、あるいは千円だと思った商品が実は1万円だったなどの認識ミスです。
商品をレジに持っていく場合は、1つほしい時に2つ買ってしまうということは少なく、万が一かごに商品を2つ入れてしまっていたとしても、レジを通す際にわかります。
値段を間違えていた場合も当然レジでわかりますので、購入をやめることができます。
しかしながら、画面操作による購入の場合は、例えば一度のクリックで購入が完了してしまった場合は、ミスに気づかない可能性があります。
そこで、電子契約法では操作ミスの可能性を考慮し、確認画面を表示しない場合は、その購入を無効とすることができるとしています。
上のケースでは、確認画面が表示されずにいきなり「購入する」というボタンがあり、そのボタンを押した段階で購入が完了しています。
これに対して下のケースでは、一度確認画面が表示され、そこで初めて「購入する」というボタンが出てきます。
この確認画面がレジ代わりとなって、間違いに気づくことができるというわけです。
上記の民法の条文では、「ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。」とあります。
下のケースのように、確認画面を表示させているにもかかわらず間違えてしまった場合は、その行為は「重大な過失」と考えられ、無効とすることはできません。
契約成立時期の変更
民法では、「隔地者間の契約は、承諾の通知を発した時に成立する。」とされており、離れた場所にいる当事者同士が契約をする際、その成立時期は承諾通知が発信された時点としています。
この考え方は発信主義と呼ばれ、遠隔地間での契約については通知から到達までに時間がかかることから、取引を素早くするために考えられたものです。
しかし、この考え方は購入者にとってはリスクとなります。
もし仮に通知が届かなければ、契約が成立したことを知らないこととなってしまうからです。
しかし、電子商取引では申し込み、あるいは承諾の通知は電子メールなどで瞬時に相手に届きます。
このことは、発信主義である必要がないことを意味しています。
よって電子契約法では発信主義を改め、承諾の通知が到達した時点で契約が成立するとしています。
この考え方は到達主義と呼ばれ、購入者が承諾の確認をして初めて契約が成立することとなるため、リスクの軽減にもつながっています。
なお、どの状態をもって到達するかということについては、購入者が確認可能となる範囲に到達した時点とされています。
つまり、電子メールでの通知であれば購入者のメール受信用サーバーに到達したとき(情報が正常に書き込まれたとき)ということになります。
電子商取引の安全証明
電子商取引は、上述したように詐欺が多くなっていることから、ECサイトを立ち上げて顧客と電子メールで取引を行う場合には、その安全性を消費者に訴えなければ信頼度は高まりません。
安全を証明するためには、以下のことに注意するとよいでしょう。
いずれもしないからと言って法令違反となるというわけではありませんが、もし顧客情報などが漏えいした際は会社にとって打撃になるだけではなく、顧客に対して多大な迷惑をかけてしまうことになってしまいますので気をつけましょう。
ECサイトを暗号化する
まず必要なことは、ECサイトを暗号化するということです。
ECサイトでは、申し込みを受ける際にサイト上で顧客の住所や名前、クレジットカードの番号などを入力してもらうこととなります。
しかし、その入力内容はインターネットを経由して送信されるため、悪意を持ったハッカーなどに盗聴される可能性があります。
これを防ぐための手段がECサイトの暗号化です。
ECサイトの暗号化とは、認証機関から電子証明書と呼ばれる証明書を発行してもらい、秘密鍵と公開鍵という2つの鍵を使って顧客の入力内容を暗号化して、電子証明書を持っている会社でしか見られなくするという技術です。
この技術により、盗聴を防ぐことができるようになります。
ここではA社がECサイトを暗号化した場合の通信を考えてみましょう。
まず、顧客がA社のECサイトに アクセスしたら、A社は公開鍵が含まれた電子証明書を顧客に送信します。
電子証明書はサイトが信頼できるという身分証明書のようなもので、顧客はこの証明書によってA社のECサイトが「本物」であることを確認します。
A社のECサイトが本物であると確認した顧客は、個人情報などを入力して送信します。
このとき、入力した情報は、A社の公開鍵によって暗号化されて送信されます。(顧客は操作時に何かを意識することはありません。)
このA社の公開鍵は、A社が持つ秘密鍵でしか開くことはできません。
こうしてA社は顧客が送信した内容を秘密鍵で開くことによって、通信を安全に行えるというわけです。
電子メールの改ざんを防ぐ
電子商取引では、顧客への連絡は電子メールで行われるのが一般的です。
しかし、電子メールは受け取った顧客からすると、その電子メールは本当に本人からのものなのかわからない場合があります。
そんな時に電子メールが本当にその本人からのものであるということを証明してくれるのが、電子署名というシステムです。
例えば、電子メールにA社の電子署名がついている場合、そのメールはA社からのもので改ざんされていないということが証明されることとなります。
暗号化の仕組みはECサイトの暗号化と同じですが、流れはやや異なります。
まず、A社がA社の秘密鍵を使ってメールに電子署名をします。
そうすると電子メールにはA社の電子署名が添付されて送信されます。紙に印鑑を押すのと同じようなイメージです。
そして、メールを受信した受信者は、A社の公開鍵を使ってメールを開きます。
公開鍵で無事に開くことができれば、その電子メールはA社からのものであり、改ざんされていないことが証明されることとなります。
暗号化の仕組みはやや難しいですが、電子商取引を行う際には必要となる技術であるということを理解しておきましょう。
まとめ
・電子商取引の特性を考慮して、部分的に民法に代わるものとして制定されたのが電子契約法である。
・電子契約法では操作ミスの可能性を考慮して、確認画面を表示しない場合はその購入を無効とすることができると規定している。
・契約の成立について、電子契約法では発信主義を改め、承諾の通知が到達した時点で成立するとされている。
・ECサイトの暗号化とは、秘密鍵と公開鍵という2つの鍵を使って通信を暗号化し、安全性を高める技術である。
・電子署名は、電子メールが本当にその本人から来たものであるということを証明する技術である。
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