残業をめぐるトラブル
今回は残業をめぐるトラブルについて説明していきます。
この文章を読むことで、残業によるトラブルとその回避方法について学ぶことができます。
残業によるトラブル
過酷な労働環境やセクハラ・パワハラなどに加えて、残業をめぐるトラブルはブラック企業と呼ばれてしまう可能性のある最も代表的なトラブルです。
一般的な労働契約においては割増賃金の支払いには様々なパターンがあり、使用者、労働者ともに知識が必要であることは以前学習しました。(詳しくは「割増賃金とは」の項目を参照してください。)
よって、会社は労働者との労働契約や勤務時間をしっかり管理し、労働者が不利とならないように残業代を支給しなければなりません。
しかし、場合によっては、労働者が残業をしても割増賃金を支払う必要がないこともあります。
そして、そのような場合、使用者と労働者との間で見解の相違が起き、労働者からするとサービス残業をさせられていると感じることとなって、トラブルとなるケースが増加しています。
どんなトラブルも会社にとっては痛手ですが、特に賃金などの金銭面でのトラブルは金払いが悪い、あるいは労働者を不当に安い賃金で酷使していると誤解されることもあり、会社の致命的なイメージダウンにもつながりかねません。
誤解でブラック企業と呼ばれないためにも、残業をめぐるトラブル回避の方法を考えてみましょう。
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社の法務担当者であるA君は、M社長に呼ばれました。
M社長:
「前に君も言っていたが、最近特に開発部門で「長時間労働が続いている」という報告が増えているんだ。開発部門は時期によって忙しさがまったく違って、ほとんど徹夜続きという時もあれば、ほとんど仕事がないという時もあって、今はいろいろなプロジェクトが重なっているからね。」
この話は以前A君がM社長に話したことのある話でした。
M社長:
「そして君は変形労働時間について提案をしてくれた。そうだったよね。その後あの話はどうなっているかな?」
A君:
「はい。検討はしているのですが、今のところまだ調査段階といったところです。」
M社長:
「そうか。私もいろいろ考えたんだが、開発部門に裁量労働制を導入するというのはどうだろうか。裁量労働制ならわが社の開発部門なら適用できるし、残業をめぐるトラブルも回避できることが多くなるはずだ。残業代などの人件費も抑えられると思うのだが。
いかんせん忙しい時期は残業代が膨大なものになるし、だからといって閑散期に給料を払わないというわけにはいかない。人件費が膨れていて、この状況は何とかせねばと思ってね。」
A君:
「裁量労働制ですか。確かに専門業務型であれば開発部門での適用は可能かと思います。開発部門は属人性の強い部門でもありますし、労働を成果で判断することも可能です。適用する価値はあるかもしれません。」
M社長:
「では変形労働時間と並行して裁量労働制の検討も進めてみてくれないか。いろいろと頼んでしまって申し訳ないが、急成長している今はわが社の社内規則を見直す絶好のタイミングだ。何とか良い案を見つけてみてほしい。」
A君はわかりましたと答えました。そして、友人のB君がこのところの長時間残業で疲れていた姿を思い出しました。
確かに現在の開発部門ではそのような労働者とトラブルになることも考えられます。
A君は労働者の実情を踏まえた上で、裁量労働制を適用することも検討してみようと思いました。
【解説】
Z社では開発部門の業務の繁忙期と閑散期の波が問題になっています。
このために人件費は膨れ上がり、M社長を悩ませています。
しかし、だからと言って使用者が本来支払うべき残業代を支払わずに労働者にサービス残業をさせていた場合、それは労働基準法違反となり、罰則の対象となります。
よってそのような行為は絶対にすべきではありません。
しかし、法令を遵守し、かつしっかりとした証拠があれば、仮に労働者と残業代についてトラブルになったとしても、正当な理由を根拠として労働者と向き合い、解決することができるようになります。
残業に関する不要なトラブルを避けるために、ここでトラブル回避の具体的な方法を考えてみましょう。
トラブルの回避方法
上述したように、まず、絶対に会社がやってはいけないことは「法令違反」です。
「少しならいいだろう」、「今は経営が厳しいから仕方がないだろう」などと考えて法令違反をしてしまうと、当然のことながら後々取り返しのつかないことになります。
よって、会社の信用のためにも、基本中の基本であるコンプライアンス(法令順守)を徹底するようにします。
このためにも法務担当者の役割は大変重要になります。
訴訟を起こされた場合の対策
次に、訴訟を起こされた場合について考えてみましょう。
訴訟を起こされた場合は、以下の対策が有効となります。
対策1.証拠の保全
原則として、訴訟では証拠能力のある材料を提示できた側が圧倒的優位に立ちます。
最も証拠能力として有効なのは、公式な(手書きのメモなどではない)出退勤記録です。
そもそも、労働基準法には以下の規定があります。
・使用者は、各事業場ごとに賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額などを賃金支払の都度記入しなければならない。
・使用者は、賃金その他労働関係に関する重要な書類を3年間保存しなければならない。
よって、賃金計算の基礎となる出退勤記録については都度記入し、3年間は保存する義務があるのです。
上記のことをしっかり行っていれば、訴訟内容をよく検討した上で必要な証拠を提出することができます。
コンプライアンスが徹底されており、証拠さえあれば余裕をもって訴訟に望むことができるのです。
対策2.労働契約をしっかり確認する
次に、労働契約がどのようになっているかを冷静に見直すことが必要です。
例えば、例題のM社長がA君に検討を指示した専門業務型の裁量労働制が適用されている場合、業務は労働者の裁量に委ねられることになります。
そして、労働時間は実労働時間ではなく、事前に決定された労働時間(みなし労働時間)となります。
よって、残業代の概念も変わってきます。
裁量労働制を適用するには労使協定を締結するなどの手続きが必要ですが、そのような手続きを経ている場合は労働契約を確認し、残業代を支給する必要があるかどうかを確認することも大変重要になります。(裁量労働制の詳細については省略します。)
対策3.訴訟相手の役職などを確認する
最後に、訴訟相手の役職によっても残業代の支払いの必要性は異なってきます。
労働基準法では、「労働時間、休憩及び休日に関する規定は、監督もしくは管理の地位にある者については適用しない。」とあります。
よって訴訟相手が「監督もしくは管理の地位にある者」の場合は、残業代という概念は発生しないのです。
ただし、問題は課長職などであっても、実質は監督もしくは管理の地位にあるとは言えないケースです。
例えば業務上の権限が与えられていない、賃金が一般社員と変わらないといった場合です。
このような場合は裁判では名目的な管理職とみなされ、監督もしくは管理の地位とは判断されない可能性が高くなります。
しかし、仮に訴訟相手が監督もしくは管理の地位にある(あるいはあった)と証明できる場合は、訴訟は有利なものとなります。
残業をめぐるトラブルは多種多様ですが、労働者管理を怠ることなく、常に正当性を主張できる体制づくりを行っていくことが必要と言えるでしょう。
まとめ
・残業をめぐるトラブルは、可能な限り回避し、会社の信用を落とさないように気を付ける。
・会社はまずコンプライアンスを徹底し、どのような理由であれ、法令違反を犯してはならない。
・訴訟に対する対策は、証拠の保全、労働契約の見直し、訴訟相手の役職の確認などを行い、会社が根拠ある正当な主張を行えるようにする。
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