株主代表訴訟と解任、違法行為差止め
株主から経営を任されている取締役には、「会社を経営する」という大きな責任があります。
取締役の責任は、善管注意義務、忠実義務と呼ばれ、故意あるいは過失によってこれらの義務を全うしていないと考えられる場合は、何らかの責任を取らなければなりません。
そして、その責任を追及することができるのは会社、そして株主であると考えられています。
ここでは株主の取締役への株主代表訴訟、解任の訴え、違法行為差止請求について学んでいきましょう。
(なお、ここでは責任追及される側の被告として取締役を挙げていますが、今回対象となるのは原則として取締役を含む会社の「対象役員」です。ここでは例としてわかりやすいように取締役としています。)
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社の法務担当者となったA君は、M社長から法務に関するニュースなどを気にかけておくようにようにという指示を受け、よくニュースをチェックするようになりました。
そこでA君は、日本を代表する家電メーカーの不適切会計問題について知りました。この問題は大きく報道されていたためA君も何となくは知っていたものの、詳細については理解していませんでした。
そこで、いろいろと過去のニュースを見ていると、損害賠償請求、株主代表訴訟といった言葉が目に入ってきました。損害賠償、株主といった用語は、法務に関係すると思われるものです。
しかし、A君にはその意味がよくわかりませんでした。
A君はこれらの用語が出てくる状況は、Z社にとっても決して対岸の火事とは言えないものなのではないかと思いました。A君は成長にリスクはつきものであると考えていたためです。
そして少なくとも最近、Z社はライバル企業から訴訟を起こされたこともM社長から聞いています。
A君は法務担当者として、これらがどのようなことなのかを理解しておかなくてはならないと思いました。
【解説】
株主代表訴訟
株主代表訴訟とは、取締役に経営上何らかの責任が発生して会社に損失を与えた場合、株主が会社に代わって取締役の責任を追及するというものです。
本来であれば、経営上の意思決定を行うのは会社、つまり取締役や監査役です。よってある取締役に経営上何らかの責任が発生したとすると、他の取締役や監査役がその責任を追及しなければなりません。
しかし、責任を負うべき取締役の影響力などによって他の取締役や監査役が遠慮してしまい、その追及がなされない場合があります。そのような場合に、株主がその代理として責任追及を行うということです。
株主代表訴訟では、株主が会社に対して取締役に対する訴訟を起こすよう求めます。
会社はこのような求めがあった場合、「60日以内に訴訟を起こす」か、あるいは「起こさない場合はその理由を根拠を含めて株主に通知」しなければなりません。
そして会社が訴訟を起こさなかった場合に、株主代表訴訟を起こすことが認められます。
なお、株主代表訴訟が会社の代理で訴訟を起こすというものであるのに対し、損害賠償請求は株主の直接的な損害を賠償してもらうために起こす訴訟です。、
株主代表訴訟には、以下の3つの注意点があります。
株主代表訴訟の注意点
【注意点1】
まず株主代表訴訟で最も懸念されるのが、その「乱発」です。
本来なら訴えを起こす理由のない訴訟をたびたび起こされると、取締役が訴訟やそれを回避することに労力を費やすことになり、会社の経営が前進しなくなってしまうというものです。
「本来なら訴えを起こす理由のない訴訟」とは、例えば株主の利益を追求したものではない、あるいは訴訟を起こす明確な法的根拠がない状態で起こされる訴訟です。
よって被告となる取締役には、そのような妥当ではない株主代表訴訟を回避するための手段として、「担保提供を求める権利」があります。
裁判所に対して、訴訟を起こした株主に担保を請求するよう求めることができるのです。
裁判所はこの求めに対し、「訴訟が妥当なものではない」と判断すると、株主に対して担保の提供を求めます。
担保は、基本的には現金です。
そして担保は数千万円という高額になることもあるため、株主代表訴訟はやたらと起こすことができるものではなく、根拠あるものだけに限られることとなります。
【注意点2】
株主代表訴訟は株主が会社に代わって訴訟を起こす、つまりは会社のために訴訟を起こすというのが大前提です。
しかし、例えば単に短期的な投資目的で株主となった者が訴訟を起こしてしまうケースが発生してしまうと、会社の経営は本来の目的から大きく外れたものになってしまう可能性があります。
このため、訴訟を起こせる株主には一定の要件があります。
それは、「6か月以上株式を保有している」ということです。
一時的に何らかの理由で株式を保有している株主には、訴訟を起こす権利は与えられません。
ただしこの要件は、公開会社(譲渡制限のない株式がある会社)に限られます。
すべての株式に譲渡制限がある会社、いわゆる未公開会社では、要件とはなりません。
【注意点3】
株主代表訴訟は、あくまでも株主が会社の代理として取締役を訴えるというものです。
よって、訴訟で認められた損害賠償は、株主ではなく会社に対して行われるものとなります。
直接株主に支払われることにはなりません。
解任の訴え
上述した株主代表訴訟は、取締役が会社(株主)に損害を与えたという「行為」に対して行われます。
しかし、仮に取締役がそのような行為をたびたび行っている場合などは、訴訟を何度も起こすことになり、最終的にはその取締役自身が取締役として適切ではないということになってきます。
そのような場合の手段として、株主には取締役の「解任の訴え」を起こすことが認められています。
会社に損害を与える取締役自身を解任するというものです。
ただし、この場合も3つの注意点があります。
「解任の訴え」の注意点
【注意点1】
まず、解任の訴えは取締役に「職務の執行に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があった」場合に限り認められます。
例えば、「会計に関する責任を負う取締役が、架空の取引をねつ造して会社の巨額の資金を不正に横領していた」などという場合です。
解任の訴えは取締役を解任するという非常にインパクトのある訴えなので、株主代表訴訟よりも重大な不正や違反などがあった場合に限り、認められるということです。
【注意点2】
取締役の解任は、株主総会の議案となります。
株主総会では、特殊普通決議で取締役の解任を決議することができます。
しかし、株主に被告となる取締役を擁護する意見が多い場合、株主総会で議案が否決される可能性があります。
そして、その決定は会社の今後に悪影響を及ぼすことになるかもしれません。
そのような状況になって初めて解任の訴えが認められるということです。
なお、解任の訴えは株主総会で議案が否決されてから30日以内に起こす必要があります。
理由なき解任を招くことを避けるため、30日を超えてからはできません。この点にも注意が必要です。
【注意点3】
株主代表訴訟と同様、解任の訴えを起こせる株主には一定の要件があります。
それは、総株主の議決権の100分の3以上の議決権、または発行済み株式の100分の3以上の株式を6か月以上保有しているということです。
100分の3に満たない議決権や株式、あるいは一時的に何らかの理由で株式を保有している株主には、訴えを起こす権利は与えられません。
なお、「6か月以上保有」という要件については、公開会社(譲渡制限のない株式がある会社)に限られています。
未公開会社では、要件とはなりません。
違法行為差止請求権
違法行為差止請求権とは、取締役が行う行為によって会社に著しい損害、あるいは回復することができない損害を与える可能性があると考えられる場合に、その行為を事前にやめさせる権利のことを言います。
この権利は株主だけではなく、監査役にも与えられています。本来取締役の不適切な行為をやめさせる役割は、監査役にあると考えられているためです。
株主代表訴訟や解任の訴えが事後的な対応であるのに対して、違法行為差止請求権は株主や監査役が持つ、「取締役の不適切行為の事前防止を行うための権利」です。
なお、この場合も株主代表訴訟や解任の訴え同様、注意点があります。
違法行為差止請求権の注意点
【注意点1】
上述したように、監査役設置会社の場合、取締役の行為を監督するのは監査役の役目です。
よって、違法行為差止請求権を行使できるのはまず監査役であるという位置づけになっています。
よって監査役設置会社の場合、監査役は取締役の行為が会社に著しい損害を与える場合に権利を行使できるのに対し、株主は回復することができない損害を与える場合に限定されます。
回復することができない損害とは、例えば他社とある契約を結ぶことで、それまで会社が独占して大きな利益を挙げていた技術が他社に流出し、二度と利益を挙げることができなくなるなどの損害です。
【注意点2】
株主代表訴訟や解任の訴えと同様、権利を有する株主には一定の要件があります。
それは、6か月以上株式を保有していることです。
なお、この場合も「6か月以上保有」という要件については、公開会社(譲渡制限のない株式がある会社、いわゆる公開会社)に限られています。
未公開会社では、要件とはなりません。
まとめ
・株主が責任を追及する手段には、株主代表訴訟、解任の訴え、違法行為差止請求がある。
・株主代表訴訟は、株主が会社の代理として行う訴訟である。
・解任の訴えは、取締役に「職務の執行に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があった場合」に行われる。
・違法行為差止請求権は事前に取締役の違法行為を防止する権利で、監査役設置会社の場合は、まず監査役にその権利が与えられ、株主が行使できるのは「回復することができない損害」に限られる。
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