取締役の義務と責任
今回は取締役の義務と責任について説明していきます。
この文章を読むことで、「取締役の概要」と「取締役の具体的な義務・責任・責任の免除」について学ぶことができます。
取締役とは
会社の取締役は、会社の一つの機関です。
そして、取締役は会社の従業員ではなく、独立して会社から業務の執行を認められた存在です。
そのため与えられる権力は非常に大きく、それゆえに責任も大きいということになります。よって、一般の社員以上に様々な守るべき規定があります。
まず、取締役は「善管注意義務」、「忠実義務」という義務を負っています。
善管注意義務とは、善良な管理者としての注意義務のことを言い、忠実義務とは、例えば利益相反取引の制限などのことを言います。
詳しくは後述しますが、このような義務を怠り会社に損害を与えた場合には、その損害を賠償しなければいけません。
そして、取締役は「第三者に対して損害を与えた場合、その損害を賠償する責任」があります。
このように、取締役は社内外に対して強い権限を持ち、経営に影響を与えることから、法務的な見地からもその責任や義務について明確に理解しておく必要があります。
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社のM社長は、最近話題になっているある会社の不適切会計問題について考えていました。
この問題では、日本を代表する家電メーカーで、しかも先進的なコーポレートガバナンス(企業統治)の取り組みを行っているとされる会社が、取締役の指示と思われる行為によって利益の先取りや損失の先送りを長期間に渡って行っていました。
それが内部告発によって発覚し、過去数年間の決算修正を余儀なくされ、日本の会社のコンプライアンス意識の甘さを露呈してしまったというものです。
一部の株主は、株価の下落によって損害を被ったとして、会社に対して損害賠償請求を検討しているとのことでした。
M社長は、「こんなに大きな会社でも、一部の取締役の権限が大きくなりすぎると会社全体が暴走してしまうものなのか」と大きな衝撃を受けました。
そして、取締役の業務執行の責任とその重要性について、改めて考えさせられることとなりました。
Z社では取締役がM社長を含めて3人おりますが、代表取締役はM社長だけで、基本的に業務執行の最終意思決定はM社長だけが行っているという状況です。
「上場を考えるなら会社の機関設計も見直す必要があるかもしれない」
M社長はそう感じました。
【解説】
例題にある不適切会計問題は、規模や社会への影響という意味で前例がないと思われるほどの大きな事件です。
しかし、会社の規模や影響力に関係なく、会社の取締役に与えられる権限は非常に大きなものとなっています。
そして、それだけに取締役は会社の経営についての義務があり、大きな責任を負っているということを自覚する必要があります。
取締役の義務
取締役は、上述したように善管注意義務と忠実義務を負うとされています。
善管注意義務と忠実義務には明確な区別はあるわけではなく、原則的には意味合いが同様の義務と考えられています。
善管注意義務
善管注意義務は、わかりやすく言うと「本来の業務をしっかり行っていればわかることを見逃してはならない」という義務です。
例えば、社員が何らかのミスをして会社に損害を与えたとします。
この場合、「取締役がしっかり注意していればその社員のミスに気づけたはずである」と判断されれば、それは善管注意義務を怠ったということになります。
逆に言うと、社員がそのミスを巧妙に隠蔽し、取締役が発見することは明らかに不可能だったと考えられる場合は、取締役の善管注意義務違反は問われないということです。
忠実義務
忠実義務は比較的わかりやすい、言葉そのままの義務です。
取締役は会社に対して忠実であるべきという意味で、会社の利益を損なう行為をすれば、それは忠実義務に違反しているということになります。
例えば利益相反取引の制限です。
利益相反取引とは、取締役が自身や第三者の利益のために自身が取締役を努める会社と行う取引のことを言います。
例として、取締役がその権限を使って自身が所有している不動産を、会社に対して相場よりも高い値段で売却するとします。
この場合、取締役は本来不動産市場で売却するよりも高い利益を得ることができます。これに対して会社は高い値段で買わされることになり、不利益を被ります。
このように、取締役が自身の利益を優先させ、会社に不利益を与える行為が利益相反取引です。
このような行為を防ぐため、取締役が会社と取引をする場合(直接・間接問わず)は、取締役会(取締役会が設置されていない場合は株主総会)の承認が必要とされています。
承認を受けずに取引を行った場合は、取締役は会社に対して損害賠償責任を負うことになります。
また、忠実義務には競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)という義務も含まれます。
競業避止義務とは、取締役が会社と競合となる業務を行うことを避止する義務です。
取締役は会社内の情報を容易に得ることができ、かつ業務上のノウハウを心得ていると考えられているために、競合となる会社を立ち上げたり第三者に協力したりする行為は、会社に不利益を与えると考えられます。
よってこの場合も、取締役会(取締役会が設置されていない場合は株主総会)の承認が必要とされています。
その他の義務
善管注意義務や忠実義務に関連する義務として、以下の取締役の行為にも制限があります。
特定の株主への利益供与の禁止
株主は株主総会で議決権を行使できるため、株主総会の意思決定に影響を与えることとなります。
そして、このことを利用して取締役が議決権の行使と引き換えに利益を供与し、議決権を買収するようなことをしてしまうと、本来の株主総会の意味がなくなります。
株主が利益目的で取締役の思う通りの権利を行使してしまうようになるためです。
よって、そのような利益供与は禁止されています。
また、議事を円滑に進行させるために行う利益供与も禁止されています。
剰余金の配当規制
会社が配当を行う場合、その配当には分配可能額が決められています。
この分配可能額を超えて配当を行うことは、会社から資金が過度に流出することとなり、会社に損害を与えると考えられます。
よって、取締役が分配可能額を超えて配当を支払った場合には、その取締役に損害賠償責任が生じることとなります。
取締役の会社に対する責任
次に、取締役の会社に対する責任について考えてみましょう。
原則として過失責任
まず、取締役の責任は、法令やその他の規定違反などがあった場合を除き、過失責任となります。
過失責任とは、過失(不注意やミス)があった場合にその責任を問われるというものです。
よって、責任を問われる取締役が、無過失(不注意やミスはなかった)であるということを証明できれば、責任は問われないということになります。(取締役自身が無過失を証明することが必要です。)
ただし、自身が利益供与を行ったり、自身のために利益相反取引を行った場合は、無過失責任(過失があってもなくても責任を問われる)となります。
取締役の第三者に対する責任
取締役は、会社だけではなく第三者に対する責任も負っています。
本来であれば、取締役が契約関係のない第三者に対して何らかの責任を負うということはありません。
しかし、取締役が持つ業務執行の権限は非常に大きいため、会社を通じて第三者に損害を与える恐れがあります。
このために取締役は、特別に第三者に対しても過失責任を負っているのです。
取締役が第三者に損害を与える可能性は、2つ考えられます。
まずは直接損害です。
直接損害とは、第三者に直接的に損害を与えるものです。
例えば、実際には製造されていない製品の購入を第三者に持ち掛け、代金だけを支払わせて製品は納品しないような場合です。
当然相手となる第三者は本当に製品が製造されるかどうか確認する必要はあるのですが、取締役が購入を持ち掛けるるような場合は、その肩書きだけで信用してしまうということも大いに考えられます。
このような場合は、取締役はその地位を利用して第三者に対して直接的に損害を与えることになります。
このような被害が直接被害です。
次は間接損害です。
間接損害とは、第三者に間接的に損害を与えるものです。
例えば、取締役の業務執行があまりに場当たり的だったために、経営が行き詰まり会社が倒産してしまって、債権者が債権を回収できないような場合です。
このような場合は、会社も損害を受けるのももちろんですが、その会社を通じて債権者などの第三者にも損害が発生します。
このような被害が間接被害です。
直接損害と間接損害は明確に区別できない場合もありますが、いずれの場合にも取締役は損害を受けた第三者に対して責任を負うということになります。
第三者の範囲
取締役が責任を負う第三者とは誰か?ということについては様々な考え方があります。
例えば、会社と製品取引をしているだけの会社は明確に第三者と言うことができます。特に資本関係もなく、完全にビジネス上の関係しかないからです。
では、例えば株主はどうでしょうか?
株主は会社の出資者であることから、第三者ではないという考え方もあります。
株主は会社が利益を出すと自動的に利益が入る存在であり、かつハイリスクハイリターンを承知で会社に出資をしていると考えられるため、完全な第三者とは言えないという考え方です。
しかし、株主が第三者ではないとすると、株主は取締役に対して直接責任を負わせることはできません。
そうすると、株主は過失のある取締役に対して「何もできない」ということになるため、株主には株主代表訴訟を提起することが認められています。
一方で、株主は会社の機関ではありません。
よって株主は第三者であるという考え方もあります。
この考え方では、会社の社員も機関ではないため、第三者であるということができます。
株主が第三者か否かについては様々な議論があり、完全な統一見解というものはありません。
取締役の責任の免除・軽減
取締役の責任は原則として過失責任であるため、自身が利益供与を行ったり自身のために利益相反取引を行った場合以外は過失がなかったことを証明できれば、責任を問われることはありません。
しかし、過失がなかったことを証明するのは決して簡単なことではありません。
このために「取締役の責任の範囲が広く、かつ大きすぎるのではないか」という声があります。
よって、むやみに取締役に責任を押し付けることのないよう、下記に該当する場合は取締役の責任は軽減させることができるとされています。
1.総株主の同意
もしも会社の出資者である株主全員が取締役の責任を免除することに賛成した場合は、取締役の責任は免除されます。
会社の出資者全員が取締役に責任を取らせる必要がないと考えるのであれば、そもそも責任を追及する必要がないためです。
しかし実際には取締役が義務を果たさずに会社に何らかの損害を与えた場合などは、例題にあったように株主が損害賠償請求を行うことも多くなっています。
よって株主全員が免除に同意するということは、「取締役=株主」となるケースを除くと、あまり現実的とは言えません。
2.株主総会の特別決議
取締役の業務が「善意無重過失(善意であり、大きな過失がないこと)」と判断される場合は、株主総会の特別決議(原則として、議決権の過半数を持つ株主が出席して、その2/3以上の賛成を必要とする決議)で承認されれば責任の一部を軽減することができます。
ポイントはまず、「取締役の業務が無重過失であること」です。
会社に損害を与えた場合は、この無重過失、つまり過失はあるけれども小さいと一定数の株主が判断しなければならないということです。
このため、取締役には自身の業務が無重過失であったことを株主に説明する必要があります。
さらに、このケースでは責任は免除されるのではなく、「軽減」されるということです。
軽減なので賠償すべき額が全額免除になるわけではありません。
軽減額は以下のように決められています。
軽減額=賠償責任を負う金額−最低責任限度額
なお、最低責任限度額とは、取締役の最低責任を表す限度額で、以下のように決められています。
【賠償責任限度額】
・代表取締役 年間報酬 × 6
・業務執行取締役 年間報酬 × 4
・上記以外の取締役、社外取締役 年間報酬 × 2
つまり、代表取締役であれば責任が軽減されたとしても「年間報酬×6」、つまり6年分の報酬は最低限賠償しなければならないということです。
※業務執行取締役について
取締役会のない会社でかつ代表取締役を置かない会社では、取締役は全員が業務執行を行うとされています。
しかし、取締役会がある会社では、必ず代表取締役を決めなければなりません。
この場合は業務執行は代表取締役が行い、他の取締役は取締役会を構成する一員(業務を執行しない)という位置づけになります。
ただ、取締役会で業務執行取締役を選任する場合があります。
この場合は、選任された取締役にも業務執行の権限が与えられます。
そして業務執行取締役の賠償責任限度額が「年間報酬×4」、それ以外の取締役については「年間報酬×2」となっており、権限の大きさによって賠償責任限度額は異なっています。
3.取締役会の決議
2の場合と同様に、取締役の業務が「善意無重過失(善意であり、大きな過失がないこと)」と判断される場合は、取締役会決議(対象となる取締役を除く)で責任の一部を軽減することができます。(ただし、監査役を設置している場合。)
この場合のポイントは、会社の定款に取締役会で責任を軽減できる旨を定めておくことが必要であるということです。
会社の定款とは、会社を経営する際の憲法や法律のようなもので、作成が義務付けられているものです。
そして、その変更には原則として株主総会の特別決議を必要とします。
つまり、定款に定められているということは、大半の株主が合意しているということになります。
よって、2のケースとほぼ同じ意味合いを持つこととなります。
なお、賠償責任限度額についても2の場合と同じです。
4.取締役の責任限定契約
最後に、責任限定契約というものがあります。
これは取締役との契約の際に、あらかじめ「善意無重過失である場合は責任を軽減できる」という内容を入れることです。
このことによって、善意無重過失の場合は株主総会や取締役会の決議を必要とすることなく、責任は軽減されます。
なお、責任限定契約についても定款で定めておく必要があります。
また、責任限定契約を結べるのは、代表取締役及び業務執行取締役以外の取締役です。
ポイント
・取締役はその権限の大きさによって、善管注意義務、忠実義務といった義務を課せられている。
・取締役の責任は、原則として過失責任である。
・取締役の責任は契約している会社だけではなく、第三者にも及ぶ。
・取締役の義務と責任が大きいため、バランスが考慮されて責任の免除や軽減が行われることがある。
・取締役の責任は、総株主の同意があれば免除される。
・取締役の責任は、株主総会の特別決議、取締役会の決議、責任限定契約があれば軽減される。
・取締役会の決議による責任の軽減や責任限定契約は、定款で定めておく必要がある。
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