予防法務とは
今回は予防法務について説明していきます。
この文章を読むことで、予防法務の概要と具体的な業務内容について学ぶことができます。
予防法務の概要
予防法務とは、紛争などを「予防する」ための業務です。
いざ何らかのトラブルが発生してしまうと、そのトラブルを鎮静化するために、会社は様々なリソースをその処理に充てなければなりません。
しかし、予防法務という考え方が浸透していれば、どのようなトラブルが発生するかを事前に予測し、回避することが可能になります。
また、予防法務で近年重要視されているのが、コンプライアンス(内部統制)です。
近年では一流と言われる大企業でも、品質偽装や不適切な会計が発覚しています。
これは、社会変化が高速化してきたことによる会社業務の複雑化がもたらした負の副産物ということができます。
業務が複雑かつ高速化していることで、会社の自浄能力が相対的に低下しつつあるということです。
よって、その自浄能力をより高めるための予防法務の重要性がこれまで以上に高まっているのです。
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社のM社長は、会社経営の先輩でもあるY社のN社長と食事をしながら、法務の仕事の大変さについて話をしていました。
M社長:
我が社の法務関連業務がここまで広がっているとは思いませんでした。
担当者を決めるどころか、いろいろな案件が持ち込まれて右往左往しているところです。
N社長:
御社は今急速に成長してますからね。持ち込まれる案件は必然的に多くなるでしょうね。
でもそんなときこそ予防法務に力を入れたほうがいいですよ。我が社でも最近予防法務の必要性を痛感しているところです。
M社長:
予防法務ですか?
N社長:
ええ。我が社でもつい先日ちょっとした事件があったんです。
実は新しい看板商品のロゴが他社の商標権を侵害しているという警告が同業他社からありまして、確認してみると確かにその商標は他社の商品の商標と類似していたんです。
我が社としてはその商標を使った商品は将来の看板商品候補でしたのでいろいろ手段は講じたのですが、結局変更を余儀なくされたんです。
これまでのロゴがある程度消費者に認識されつつあるところでしたので、変更にかかるコストとイメージダウンで非常に大きな痛手となってしまいました。
M社長:
なるほど。それは痛いですね。
N社長:
事前に類似の商標がないかどうかのチェックを怠ってしまったのが原因なんですけどね。
そのような失態を未然に防ぐのも法務の大事な役割だということを実感して、我が社では知的財産を専門に管理する部署を立ち上げたところです。
御社は特に成長企業ですから、そのような予防法務にも力を入れたほうがいいと思いますよ。
M社長:
そうですね。
M社長は現状の業務だけに徹するのではなく、トラブルを予防するための予防法務こそが自社に必要なことであると考え始めました。
【解説】
N社長が経営する会社では、ロゴを使用する際に、事前に同様のロゴが登録されていないかの確認を行っていませんでした。
そして、そのことにより費用をかけて作成したロゴは使用できなくなり、結果的に消費者の不信を招いて大きな損失を出してしまいました。
この場合の予防法務とは、事前の商標の確認と使用しようとしているロゴの商標登録です。(商標についての詳しい解説は、他の記事で後述します。)
事前に類似の商標がないかどうかを確認し、さらに使用するロゴを商標登録して別の会社が使用できないような対策を取ることです。
予防法務の業務内容
また予防法務には、上記以外にも以下のような業務があります。
契約書類の作成・確認
まず、最もイメージが湧きやすいのが契約書です。
契約書は、原案を自社で作成し相手先に捺印してもらう場合と、相手先が原案を作成し自社で確認する場合があります。
まず自社で作成する場合は、可能な限り自社に有利となるように作成します。
もちろん程度というものを考慮しなければなりませんが、敢えて自社に不利になる契約書を作成する意味はありません。
そして、相手先から疑問や変更依頼があった場合は、必要に応じて対応するようにします。
逆に、相手先が作成し自社で確認して捺印するという場合は、当然作成した相手先に有利な契約になっていると考え、すべての項目に対して内容の精査を行います。
そして、自社の不利にならないよう変更依頼を行ったり新たな内容の提案を行います。
契約書は自社と相手先の合意によって成立しますので、相手先との信頼関係などを考慮し、より現実的でかつ未来につながるような対応を行います。
そして何より、契約後の予期せぬトラブルを防ぐということを最優先に考えます。
契約後の紛争法務を回避するために、精査を行うことで予防線をしっかり張るということです。
知的財産の管理
知的財産の管理は、上述した商標権だけではなく、特許権、実用新案権、意匠権などの登録を必要とする産業財産権や、登録を必要としない著作権などの権利を管理することです。
例題のように、日本では登録が必要な産業財産権は先願主義という考え方が採用されており、先に出願した者にその権利が与えられるとされています。
このため、例えばどんなに先に特許権に該当する発明をしていたとしても、出願が他社よりも後であれば先に出願した他社に特許権が与えられることとなります。
このような事態を防ぐ予防法務が知的財産の管理です。
また、自社が他社の様々な知的財産権を侵害していないかどうかを判断することも重要な役割です。
例えば、会社のホームページを更新する際、イメージ通りの写真をインターネットサイトで見つけたとします。
しかし、それを勝手にダウンロードして使うのは、いわゆる著作権フリー(断りなく使用することを認めているもの)以外は違法となります。
詳しい内容は他の記事で述べますが、様々な情報がインターネット上に溢れて使いやすくなっている現在では、著作権侵害の可能性は非常に大きくなっています。
自社が他者の著作権を侵害したとなると差止請求や損害賠償請求をされ、自社の社会的イメージは低下することとなります。
このため、これを未然に防止することが大切ということです。
特に特許などの高度な知的財産がからむ訴訟は、大きな問題になりやすいためミスのないように慎重な対応が必要になります。
労務管理
会社の労働者には憲法によって「勤労の権利」が保障されており、かつ労働三権と呼ばれる団結権、団体交渉権、団体行動権が認められています。
そして、この権利を守るために労働三法と呼ばれる労働組合法、労働基準法、労働関係調整法が定められています。
よって、会社はこれらの法令を順守して労働者保護を行わなければいけません。
しかしこのことが疎かになると、いわゆるサービス残業などの問題が発生したり、労使間問題が発生することがあります。
このようなことを避けるための予防法務が労務管理です。
憲法と法令を遵守した労務管理を行うということです。
また、就業規則の整備なども重要です。
就業規則は一定規模の会社であれば必ず作成しなければならないものですが、それが十分に整備されていなければ労働者と会社側に認識のズレが発生したり、様々なトラブルを引き起こしてしまう可能性があります。
このようなトラブルはマスコミの標的にもなりやすいものです。
労働者を守り、かつ不当な訴えなどに対して正当性を主張し、自社を守るためにも労務管理は非常に重要です。
株主対応
現在ではいわゆる「総会屋」と呼ばれる存在は激減していると言われており、株主総会は比較的円滑に行われるようになっています。
よって、かつて見られた「総会屋対策」はあまり見られなくなっていますが、どんな株主であれ株主である以上は会社に出資するオーナーであるため、会社にとって最も重要なステークホルダーの一人です。
そして株主への対応は、会社の今後を左右する非常に大切な業務と言えます。
ただ、対応を間違えたり一部の株主にだけ未公開情報を伝えるなどの行為は、インサイダー取引などにもつながり違法性のある行為として認識されています。
そこで必要なのが、株主に対してどのようなことを話すかということを決める予防法務です。
株主総会だけではなく、日頃の株主との対話などでも、株主対応という予防法務が大切になってきます。
コンプライアンス(内部統制)
法令順守は様々なところで必要となります。
例えば下請け業者への対応一つとっても、下請法(下請代金支払遅延等防止法)と呼ばれる法律で発注者の立場の濫用が禁止されています。
また、業務上の横領や粉飾決算などの社員や会社ぐるみの不祥事は、当然のことながら会社としての規則や業務の監視などによって防止しなければなりません。
これらがコンプライアンス(内部統制)という予防法務です。
コンプライアンスや内部統制の考え方は、場合によって意味が広義となったり狭義となるなど一概ではありませんが、いずれにしてもすべきことは、内部で法令違反を行わない仕組みを作ることです。
不祥事を未然に防ぐ体制作りも、予防法務の一つです。
予防法務の業務サイクル
最後に、予防法務の業務サイクルを確認しておきましょう。(ここでは契約書を例に考えます。)
リスクの洗い出し
予防法務では、まずリスクの洗い出しが最初に来ます。
どこにどのようなリスクが潜んでいるかを法務的な見地から洗い出します。
契約書であれば、その条文すべてにリスクとしての可能性があり、リスクを回避するためにはすべての内容に目を通す必要があるということになります。
リスクの検討
次に行うべきはリスクの検討です。
契約書の文章全体のニュアンスから細かな用語や語句に至るまで、自社に不利に考えられる点はないかを検討していきます。
少しでも不利になる可能性がある場合は、それらをすべてピックアップします。
防止策の検討
そしてリスクを防止するための防止策を策定します。
ピックアップしたリスクについて検討し、必ず改善が必要なものやできれば改善してほしいものなどに分類し、わかりやすく相手先にも受け入れられやすい内容になるようにブラッシュアップしていきます。
このとき相手先との関係も考慮して、ただ自社の立場を一方的に主張するのではなく両社が合意できるような内容になるような考慮も必要です。
防止策の実行
そして、最後に防止策の実行です。
これはアウトプットとも言え、業務担当者(クライアント)に対してピックアップした問題点を指摘し、改善案を提示します。
ここでは業務担当者が理解できるように伝えることが大事です。
最終的には業務担当者が相手先とやり取りを行うことになるためです。
業務担当者がただのお使いとなって時間を浪費することのないように、ある程度の質問に対する問答集などを想定しておくと業務はスムーズに進みます。
そして業務担当者と相手先のやり取りの後、最終的に法務担当者が内容に問題がないと判断すれば、契約にGOサインを出します。
以上が予防法務の流れになります。
ポイント
・予防法務とは、紛争法務にかかるコストや時間を回避するために行う業務である。
・紛争法務になると会社の損失が大きくなる可能性があり、予防法務は重要性を増している。
・コンプライアンスの観点からも、予防法務を徹底する会社が増えている。
・予防法務はリスクの洗い出しから防止策の実行まで、順を追って対応する必要がある。
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