職場でのセクハラ・パワハラと企業の責任
今回は職場でのセクハラ・パワハラと企業の責任について説明していきます。
この文章を読むことで、セクハラ・パワハラの概要や定義、それに対する企業の責任について学ぶことができます。
セクハラ・パワハラについての理解
メンタルヘルス対策の一環として、近年大きな問題となっているのがセクハラ・パワハラです。
セクハラ・パワハラとはそれぞれ「セクシャルハラスメント」、「パワーハラスメント」の略です。
そしてハラスメントとは、「苦しめること、いやがらせ」という意味です。
つまり、性的な嫌がらせをセクハラと呼び、権力を用いた嫌がらせをパワハラと呼びます。
最近ではセクハラ・パワハラという言葉自体はかなり社会に浸透してきていると言え、セクハラ・パワハラに関する研修を行う会社も増えています。
しかし、それでもまだ根本的な意味についての理解が進んでいるとは言えない側面があります。
今でも頻繁にセクハラ発言報道などが絶えないことからわかるように、セクハラやパワハラはよくないと知りつつも、まさか自分の行為がセクハラ・パワハラに当たっているとは思わない人が多いのです。
そして、セクハラ・パワハラは当事者だけの問題だけではなく、そのような環境を作ってしまった会社にもその責任は波及します。
会社は社員が働きやすい環境を作る義務を負っているからです。
メンタルヘルスに直結するセクハラ・パワハラについて改めて考え、法務の観点から会社としてどのような対応を行うべきなのかについて考えていきましょう。
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社の法務担当者であるA君は、最近M社長がふさぎ込んでいる様子を目にしました。。
今、A君は法務部門の立ち上げと社内規則の整備を進めるにあたり、M社長の助言を必要としています。
M社長がそんな状態ではA君自身も困りますので、自分に何かできることはないかと思い、その原因を思い切ってM社長に尋ねてみました。
すると、M社長は頭を抱えながらA君に言いました。
M社長:
「いやあこの間ね、営業の女性社員が髪を短く切ってたんだ。そしてつらそうな表情をしてたから、何かあったのかと思い相談があれば乗ろうと思って、「何かあったの?」って聞いたんだよ。でも何だか言いにくそうだったから、彼に振られたの?って聞いたんだ。男はいくらでもいるんだから大丈夫だよっていう意味で聞いたんだけどね。
そしたら泣かれちゃって、別の女性社員から「それはセクハラです!」って怒られちゃって。確かに言われた側からするとセクハラだって思われても仕方ないよなって思うんだけど、そのときはつい何かしてあげられればって思って聞いちゃったんだよ。よかれと思ってしたことがセクハラだったんだよなあ。だから社長として失格だなあと思って落ち込んでたんだよ。」
A君は何も言えずに黙っていました。
A君もセクハラについては気をつけて行動しているつもりです。ただ今の社長の話を聞くと、自分も同じようなことを言ってしまうことがあるかもしれないと感じました。
A君は社長に提案をしました。
A君:
「社長、確かに女性の容姿と振る舞いの変化だけでそれを恋愛と結びつけることはセクハラです。ただ、私も含めてまだ会社全体でセクハラについての理解が足りないのかもしれません。
セクハラだけではなく、パワハラも今は大きな問題になっています。今後はセクハラやパワハラについて、外部の講習を受けることを義務づけるようにしたらいかがでしょう。その上で社内制度もさらに見直せると思いますので。」
M社長:
「確かにそうだな。じゃあまずは我々管理職から始めよう。一番そういう問題に疎くて加害者になりそうなのは管理職だからね。部長以上の管理職が講習を受けることを義務にすることから始めよう。」
A君:
「それはいい案ですね。まず管理職に受けていただくことで、会社内に安心感が生まれると思います。早速人事などと協力して制度作りを考えてみます。」
M社長はA君に、「よろしく頼む」と言いました。
【解説】
例題のような問題は表ざたにはならないとは言え、残念ながら様々な社会で見られる光景です。言う側と言われる側の認識の不一致が、結果的に一方に精神的苦痛を与えてしまっているためです。
そして、このようなことがセクハラやパワハラという問題を奥深いものとしていると言えます。
特に、セクハラは「言われた側が苦痛を与えられた」と感じればそれで成立します。そんなつもりではなかったという言い訳は通用しないのです。
何に苦痛を感じるかは人によって異なります。そのために難しさが生じるのです。
その点を十分に考慮して、会社は働きやすい環境を構築する責任があります。
セクハラ・パワハラの定義
まずセクハラについて、厚生労働省が以下のように定義しています。
セクハラの定義
1.職場において労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否するなどの対応により解雇、降格、減給などの不利益を受けること
2.性的な言動が行われることで職場の環境が不快なものとなったため、労働者の能力の発揮に悪影響が生じること
1の定義は「対価型」と呼ばれます。
対価型は第三者が見ても明確にセクハラとわかる場合が多く、かつセクハラであるという認識を持つ人が多いと言え、現在は比較的減少傾向にあると言っていいかもしれません。
そして、2の定義は「環境型」と呼ばれます。
例題のM社長は、この環境型のセクハラをしてしまったと言えます。
また、この環境型のセクハラが今最も深刻化している問題とされています。
M社長のようにそのつもりではなかったというものや、密室で行われる場合があるなど、実態を把握しにくい問題になっているためです。
セクハラの本質は、上述したように「被害者が苦しさを感じればそれはセクハラである」ということにあります。
セクハラかそうではないかの判断は、あくまでも「行為者が行うべきではない」ということです。その点に留意する必要があります。
なお、セクハラについては男女雇用機会均等法によって対価型、環境型いずれも会社がそれを防止する対策を取ることを義務付けています。
次に、パワハラについては厚生労働省が以下のように定義しています。
パワハラの定義
・同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与える、又は職場環境を悪化させる行為
パワハラについては、現時点で明確に規制する法令はありません。
よって、それぞれの企業努力が大変重要になっていると言えます。
企業の責任
では、セクハラ・パワハラについて会社はどのような責任を負っているでしょうか。
まず、会社は労働者に対して、心身を含めた安全に配慮する義務を負っています。
そして、セクハラについては以下の対応が必要とされています。
・会社方針の明確化
・会社方針の周知・啓発
・相談に対する適切な対応と必要な体制の整備
・事後における迅速かつ適切な対応
また、パワハラについては業務命令との区別との切り分けがあいまいな部分もあり、対応は難しいものになりがちですが、以下のような行為について防止する対策を取る必要があります。
・暴行、傷害
・脅迫、名誉棄損
・仲間外れや無視
・業務と関係ないことの強要や業務の妨害
・明らかに過小な指示や仕事を与えないこと
・私的な問題に過度に立ち入ること
セクハラ・パワハラいずれの場合も、会社は被害者に対する損害賠償責任を負っています。
全社的な知識の習得や相談窓口の設置、問題をうやむやにしない管理体制の構築などが必要不可欠になっていると言えるでしょう。
なお、近年はセクハラ・パワハラ以外に、マタハラ(マタニティハラスメント)などといった問題も生まれています。
これは働く女性が妊娠・出産・育児を理由に職場で受ける精神的・肉体的なハラスメントのことです。
常に現場でどのような問題が起きているのかを把握できるような組織形態も必要になっているという認識が必要です。
まとめ
・セクハラには対価型と環境型があり、そのいずれも男女雇用機会均等法で禁止されている。
・パワハラには明確に禁止する法律はないため、難しい問題になりやすい。
・会社はセクハラ・パワハラいずれの場合も方針や対応を明確化し、労働者の心身の安全に務める義務がある。
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