人事異動(配置転換・転勤・出向・転籍)
今回は人事異動について説明していきます。
この文章を読むことで、「人事異動の概要」「出向と転籍の違い」について学ぶことができます。
人事異動の概要
会社で働く労働者にとっては、「どの部署で働くか」ということも非常に大切なことです。
よって、使用者は労働者の配置については十分配慮する必要があります。
また、関連会社などへ出向させる場合などは、労働者の労働環境が大きく変わる可能性があることから、通常の配置転換以上に気をつける必要があります。
【例題】
スマートフォンのアプリ開発を基盤事業とするZ社の法務担当者であるA君は、業務に慣れていくにつれ徐々に仕事量が増えていきました。
現在はM社長と2人で二人三脚で業務をこなしている状態ですが、M社長は当然ながら法務に専念するわけにもいきません。このため、徐々にA君にしわ寄せが行っているのです。
これを憂慮したM社長は、A君を呼んでこう言いました。
M社長:
「君もだいぶ法務担当者らしくなってきたね。仕事も早くなったし、社内でもすっかり法務担当者として認知されるようになった。
ただ、私が法務に専念できない以上、君の仕事が大幅に増えていることが気になっているんだ。今後も法務の仕事は増えると思うから、何か手を打たなければいけないと考えているんだ。」
そして、総務部の部長を法務と兼任させて、新たに法務部門を作ろうと考えていることを伝えました。
A君は自分でも仕事量の増加によってその質が低下することを懸念していたため、新たに法務部門ができることに感謝し、こう言いました。
A君:
「ありがとうございます。しかし私がまさにそうだったのですが、現在のわが社では、例えば開発部門や営業部門から法務部門に人事異動になることは、少なからずモチベーションに影響を与えると思います。
そのような部門間の人事異動については、できる限り社員の意をくんで行っていただければと思います。」
A君は以前開発部門から総務部門に人事異動になった際、その理由がわからず、一時的にではありますがモチベーションが低下していたのです。
M社長はわかったと答え、どのような人事異動を行うかについてよく検討しなければならないと思いました。
【解説】
ある程度大きな会社で働く場合、人事異動はつきものと言えます。
会社はゴーイングコンサーン(継続していく)ことを前提とするため、生き延びるために組織は常に変わらなければならないためです。
そして、異動には大きく配置転換、転勤、出向、転籍があります。
基本的には、配置転換は同じ場所での部門間の人事異動を言い、転勤は勤務先の変更、出向は所属は変わらず他社で勤務させること、転籍は所属自体が他社となる人事異動のことです。
これらは、「配置転換→転勤→出向→転籍」の順で労働者の生活に与える影響は大きくなります。
人事異動が認められない場合
人事異動は就業規則などで「場合によって人事異動を行う場合がある」ということを明記している場合は、使用者の権限で労働者に一方的に命じることができます。
しかし、以下のような場合には認められないケースもあります。
1.労働契約を逸脱していること。
2.業務上、人事異動の必要性の根拠が認められないこと。
3.人事異動が国籍などの差別にあたること。
4.不当労働行為であること。
5.労働者の不利益が大きいこと。
なお、ここでいう不当労働行為とは、労働者が労働組合に加入していることや労働組合を結成しようとしたことを理由に、労働者に対して不利益な取扱いをすることです。
特に近年は、「労働契約に書かれていない人事異動は使用者と労働者の合意の上に成り立つ」と考えられていますので、特に以下のことに注意が必要です。
・配置転換の場合:労働契約で職種を限定していないかどうか
例えば労働契約で、その職種を「事務職」としていた場合、労働者は事務を行うものと認識して使用者から雇用されています。
このような場合、使用者の都合によってこの労働者を「外回りの営業職」に配置転換することは、労働契約を逸脱した配置転換になる可能性が高くなります。
よって、この場合は労働者に事情を説明して合意を取った上で配置転換を行う必要があります。
しかし、仮に労働契約で職種を限定しておらず、配置転換の可能性があると言及している場合は、合意は不要と考えられます。
・転勤の場合:労働契約で勤務地を限定していないかどうか
複数の事業所がある会社の場合、特に正社員以外(パートなど)を採用する際に労働契約で勤務地を限定することがあります。
このように勤務地を限定しているにも関わらず、別の勤務地に転勤させる人事異動は労働契約を逸脱した転勤となります。
よって、この場合も別の勤務地に転勤させる場合は労働者の合意が必要です。
これに対して勤務地を限定しない労働契約の場合は、原則として合意は不要です。
出向と転籍
配置転換や転勤は自社内の人事異動です。
これに対して、出向と転籍は勤務地が自社ではなく、他社となります。
よって労働者に与える影響は大きく、使用者も出向あるいは転籍させる労働者については十分配慮をする必要があります。
出向と転籍の概要は、以下のようになります。
まず共通していることは、勤務地が他社であるということ、そして指揮命令権は他社にあるということです。
そして異なることは、出向の場合は労働契約が自社と他社それぞれと結ばれるということです。
状況にもよりますが、労働契約の一部が他社に移転することとなるのが一般的です。
なお、出向や転勤と似た人事異動に派遣がありますが、派遣は労働契約を自社とのみ行ったうえで指揮命令権だけが他社に移ることとなることに違いがあります。
≪注意点≫
出向や転籍は、勤務地や指揮命令権だけではなく、労働契約が変更となることから、手続き上も厳格に行わなければいけません。
a.出向の注意点
労働者を出向させる際はまず、労働者と包括的合意がされていることが望ましいとされています。
包括的合意とは、就業規則その他これに準ずるものによって出向させる場合があることを明記し、かつ出向先や出向期間、労働条件などを規定することです。
このことによって、個別に合意をとらずとも包括的に社員と合意したとみなされます。
これが包括的合意です。
しかし、出向先や出向期間、労働条件などを明記せず、ただ出向させる場合があることだけを規定している場合は、個別に合意をとる必要があることもあります。
b.転籍の注意点
転籍は自社との労働契約が解消され、他社と新たに労働契約を結ぶこととなります。
このため、包括的合意だけでは有効とならない場合が多く、個別的合意が必要となります。
労働者はまったく別の会社に転職するような形になるため、しっかりとした合意が必要ということです。
ただし、会社分割の場合で、かつ分割する事業部門に従事していた労働者が分割先に転籍する場合については、基本的に個別同意は必要ありません。
まとめ
・人事異動には大きく配置転換、転勤、出向、転籍がある。
・人事異動は、労働契約の範囲内で、かつその必要性があり、労働者に対する差別や不当労働行為にもあたらず、労働者に大きな不利益を与えない場合に可能となる。
・配置転換や転勤は、労働契約の内容を逸脱してはならない。
・出向は自社との労働契約を残したまま他社に勤務し、他社の指揮命令下で業務を行うことで、転籍は自社との労働契約を解消して他社に勤務し、他社の指揮命令下で業務を行うことである。
・原則として出向は包括的合意でも可能とされているが、転籍は自社との契約は解消されるため、個別的合意が必要である。
・転籍の場合でも、会社分割の場合は分割する業務に従事していた労働者については例外的に個別的合意の必要はない。
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