負債コストとオプションの関係
【負債コストとオプション】
ここでは負債コストとオプションの関係について考えてみます。
負債コストとはこれまで学習してきたとおり、負債にかかる金利です。
そしてこの負債コストはどのように決定されるのかについて、オプションを用いて考えてみましょう。
ここでは以下のような会社を想定します。
・総資本 20億円
・負債 20億円
・株主資本 0億円
極端で現実的ではない例ですが、わかりやすくするためにこのようなケースを考えます。
まず、株主の立場から、損益を考えてみましょう。
例えばこの会社の左側の総資産の価値が大きくなった場合は、負債には変化がないので現在0である株主資本の価値は0よりも大きくなります。
そして総資産の価値が小さくなった場合は、株主資本はマイナスになることはなく、価値は0のままです。
株主は例え総資産が10億円と半分になり、債務超過によって会社が倒産したとしても、有限責任(出資金以上に責任を問われない)なので、出資額以上に損をすることはありません。
これに対して、総資産が増加すればするほど、株主はその増加分を受け取ることができるので、理論上は株主は行使価格が20億円のコールオプションを買っているのと同じこととなります。
損失はなく、利益は無限大になっているということです。
そしてここでプット・コール・パリティを思い出してみましょう。
プット・コール・パリティとは、以下のようなものでした。
(コールのプレミアム)−(プットのプレミアム) = (対象資産の価格)−(行使価格をリスクフリーレートで割り引いた現在価値)
そしてこれはさらに以下のように変形できます。
(コールのプレミアム) = (対象資産の価格)+(プットのプレミアム)−(行使価格をリスクフリーレートで割り引いた現在価値)
まず、対象資産の価値は企業価値になります。
そして行使価格の現在価値は、この場合は「行使価格=負債」の現在価値になりますので、上記の式は以下のように変形できます。
(コールのプレミアム) = (企業価値)+(プットのプレミアム)−(負債をリスクフリーレートで割り引いた現在価値) ・・・(1)
また、ここで改めて企業価値を考えてみると、企業価値は以下のように表すことができます。
(企業価値) = (負債を負債コストで割り引いた現在価値)+(株主資本を株主資本コストで割り引いた現在価値) = (負債を負債コストで割り引いた現在価値)+(コールのプレミアム) ・・・(2)
すると、以下の式を導くことができます。
(2)より、
(負債を負債コストで割り引いた現在価値) = (企業価値)−(コールのプレミアム)
↓
(コールのプレミアム)=(企業価値)−(負債を負債コストで割り引いた現在価値)
これを(1)に代入すると、
(企業価値)−(負債を負債コストで割り引いた現在価値) = (企業価値)+(プットのプレミアム)−(負債をリスクフリーレートで割り引いた現在価値)
そして最終的に、
(負債を負債コストで割り引いた現在価値) = (負債をリスクフリーレートで割り引いた現在価値)−(プットのプレミアム)
ということになります。
この式を見ると、以下のことがわかります。
・プットのプレミアムが高くなる。
↓
・負債を負債コストで割り引いた現在価値が安くなる。
↓
・負債コストが高くなる。
プットのプレミアムが高くなるということは、プットは売る権利なので「会社が負債の返済を行えない」、つまり会社の業績が悪化する可能性が高まることを意味しています。
よって、オプション理論から考えても、会社の業績が好調、あるいは安定している会社は信頼性が高まって負債コストは低下し、逆に業績が不安定で好不調の波が激しいなどの場合は、負債コストは上昇するということになります。
また、負債をリスクフリーレートで割り引いた現在価値からプットのプレミアムが引かれているということは、債権者はプットを売り、株主が買っていることを意味しています。
株主はコールとプットを両方買っていることになるのです。
そして、資産価値が高まったときはコールを行使し、資産価値が低くなったときはプットを行使することで損失を免れるということになります。
負債コストとオプションにはこのような関係があります。
これらはもちろんファイナンスから導いた理論的結論ですが、企業価値や負債コストの理論的根拠にはなり得るものです。
やや複雑ではありますが、ファイナンス理論ではその数値的根拠から、様々な要素が密接に結びついている(結びつけることができる)ということを理解しておきましょう。
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