利益還元政策を理解する その2
【利益還元政策を行う理由】
ではなぜ、各企業は「株主重視」として配当政策や自社株買いを打ち出すのでしょうか?
そしてなぜ現実的な株価は上昇傾向になるのでしょうか?
その理由は、ファイナンスという定量的な尺度とは別のところにあります。
それは、会社の「自信」という定性的な要素です。
まず配当で考えてみます。
配当は原則として、毎年株主に還元するものです。
そして会社が毎年株主にインカムゲインを提供できるということは、今後の業績に自信を持っていることの現れだといえます。
一時的な業績だけでは、毎年配当を出すことは難しいためです。
そして自社株買いは、「会社が株式を購入する = 現在の自社の株価が「割安」であると判断しているため」であると考えられます。
つまり、今後自社の株価が上昇すると考えているために購入すると考えられるのです。
これも会社の自信を裏打ちすることと言えます。
もちろんこれらに、理論的な裏付けはありません。
しかし、いずれも会社が今後に自信を持っていることのシグナルであると考えられ、これは「シグナリング」などと呼ばれます。
投資家はこのシグナルを感じ取って株式を購入し、結果的に企業価値が上昇するということです。
そして会社のこのような行動が、結果的に株主重視につながると考えられているのです。
【利益還元の注意点】
最後に、このような利益還元政策の注意点を考えてみましょう。
まず今後の会社の成長を考えた場合、もし効率よくキャッシュフローが得られる投資先があるとしたら、その投資を行わずに利益を株主に還元することは、むしろ成長を阻害することになります。
例えば自社の製品需要が海外で広がっており、海外進出によって利益が増加する可能性が高いにもかかわらず、海外進出をせずに配当として、あるいは自社株買いを行って現金を投資家に還元しても、投資家がそれを評価するかどうかはわかりません。
もし投資家が本来は投資に回すべきであると考えていた場合は、むしろその経営判断に疑問が持たれ、株価が下落する、つまり企業価値が損なわれるケースも考えられます。
会社は常に「利益を企業価値が高まることに使う」というということを忘れてはいけないということです。
また、利益還元政策はその「実施する時期」も重要になってきます。
例えば、一般的に成長著しい会社は利益の還元は行いません。
なぜなら成長期の会社は、その成長をさらに高めるためのあらゆる投資が必要になってくるからです。
しかし仮にこのような時期に利益還元を行うとなると、投資家は会社の成長が止まった、あるいは会社が成長をあきらめたなどと判断する可能性があります。
よって、そのような時期に利益還元を行うということは、本来の利益還元のシグナルである「会社の自信」が逆の意味で取られてしまう可能性があります。
自信がないから利益を還元して安定経営を目指すと受け取られるのです。
このように、利益還元政策はファイナンス的な企業価値の向上に結びつくものではないため、会社が行う判断のタイミングなどが非常に重要になってきます。
利益還元を行う理由を明確にし、投資家にしっかりと伝えた上で行うことが重要ということです。
そのためには経営の方向性や戦略といった定性的な方針が重要になってきます。
利益還元政策には、このような注意点があるということを理解しておきましょう。
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