リアルオプションを理解する
【リアルオプションを理解する】
ここからはオプションの理論をファイナンスにどう生かすかについて考えていきましょう。
【リアルオプションとは】
リアルオプションとは、金融商品であるオプションの考え方を事業評価に応用した手法です。
オプションは、その売買に関しての「権利」を売買するというものでした。
そして買い手には対象資産の価格と行使価格を比較して、損益がマイナスとなる場合には権利を放棄できるという権利がありました。
これは、事業で言うと、例えば「現在は赤字の予定であるが、今後は黒字化が見込める可能性がある」と判断された場合に、「ある一定の投資を行い、黒字化が見えたら継続、難しい場合は撤退」という考え方と同じことと言えます。
「現在は赤字の予定であるが、今後は黒字化が見込める可能性がある」というのは金融商品で言うと、「現在は株価が安いが今後は上がる可能性がある」ということと同じです。
また、「ある一定の投資を行い、黒字化が見えたら継続、難しい場合は撤退」というのは、「コールオプションを買い、株価が上昇したらオプションを行使し、上昇しなければ行使しない」ということと同じです。
よってこのように考えると、リアルオプションの最大の利点は「不確実な未来に対応できる」ということにあります。
例えば事業評価の最も代表的なものはNPVですが、NPVは「将来のキャッシュフローが固定されている」ことが大前提となっています。
このため、「不確実なキャッシュフロー」については評価が難しいのです。
しかし、リアルオプションは「ある一定の段階で、その時点の評価によって事業を継続するか撤退するかを決定できる」ことになります。
キャッシュフローが不確実な場合に、まずは一定の投資を行い、満期日にオプションを行使するかどうか(事業を継続するかどうか)を判断できるということです。
「静的」な数値に固定されるというNPVの限界を「動的」に捉えて評価できる手法がリアルオプションです。
【リアルオプションの例】
では、実際にリアルオプションの例を挙げてみましょう。
ここではわかりやすく、簡単な例で考えてみましょう。
まず、以下のような新事業があると考えます。
そしてこれをA段階とします。
≪A段階でのキャッシュフロー≫
現在 : 投資額 1億円
1年後 : フリーキャッシュフローが2,500万円
2年後 : フリーキャッシュフローが2,500万円
3年後 : フリーキャッシュフローが2,500万円
4年後 : フリーキャッシュフローが2,500万円
5年後 : フリーキャッシュフローが2,500万円
まずはこの場合のNPVを求めてみましょう。
なお、資本コストは10%、リスクフリーレートは2%です。
NPV
= −1億+((2,500万円)÷(1.1))+(2,500万円÷(1.1)2)+(2,500万円÷(1.1)3)+(2,500万円÷(1.1)4)+(2,500万円÷(1.1)5)
≒ −10,000+2272.72+2066.12+1878.29+1707.53+1552.30
≒ −523
NPVは−523万円となります。
よってNPVで意思決定を行うと、この事業はNPVがマイナスのため、「着手しない」ということになります。
しかし、この事業には将来性があり、5年後以降はその市場規模が3倍になると予測されています。
よって、5年後以降の3倍になった市場規模で同様のシェアを取れると仮定した場合、新事業は以下になります。
そしてこれをB段階とします。
≪B段階でのキャッシュフロー≫
5年後 : 投資額 3億円
6年後 : フリーキャッシュフローが7,500万円
7年後 : フリーキャッシュフローが7,500万円
8年後 : フリーキャッシュフローが7,500万円
9年後 : フリーキャッシュフローが7,500万円
10年後 : フリーキャッシュフローが7,500万円
この場合の5年後のNPVも求めてみましょう。
5年後のNPV
= −3億+((7,500万円)÷(1.1))+(7,500万円÷(1.1)2)+(7,500万円÷(1.1)3)+(7,500万円÷(1.1)4)+(7,500万円÷(1.1)5)
≒ −30,000+6818.18+6198.35+5634.86+5122.60+4656.91
≒ −1569
5年後のNPVは−1569万円となり、ちょうど先ほどの3倍のマイナスになります。
当然と言えば当然ですが、こちらもNPVで意思決定を行うと、この事業はNPVがマイナスのため、「着手しない」ということになります。
しかし、ここからがリアルオプションとNPVの違いになります。
この新事業は「不確実性」が高く、現在事業に着手すると5年後以降の市場規模、シェアがともに大きく変動する可能性があります。
このため、事業を進める段階で、予想であるNPVとは結果が異なる可能性が大きくなります。
しかしそれは5年後になってみないとわかりません。
よってここで、オプションの考え方を採用します。
まず、オプションの算出に必要な数値を整理しましょう。
まず、「対象資産」となるのは、B段階のフリーキャッシュフローの「現在」のNPVです。
B段階のフリーキャッシュフローの5年後のNPV
= 6818.18+6198.35+5634.86+5122.60+4656.91 = 28430.90
B段階のフリーキャッシュフローの現在のNPV
= 28430.90÷(1.02)5
≒ 17653
B段階のフリーキャッシュフローの現在のNPVは、1億7653万円です。
このB段階のフリーキャッシュフローの現在のNPV(1億7653万円)が、5年後になった段階で5年後の投資金額である3億円を超えていれば、B段階の投資を実行することが可能となるわけです。
よって満期日は5年後、行使価格は5年後の投資金額である3億円です。
そしてこのオプションのプレミアムを求め、プレミアムがA段階のNPVである523万を上回れば、「A段階での投資はオプションを買うよりも安い」ということとなり、事業に着手すべきという意思決定ができるということです。
なお、計算には、ブラック-ショールズの公式(「C = SN(d1)−e−rtKN(d2)」)を使います。
そしてここでは、ボラティリティを30%で計算します。
これを計算すると、コールのプレミアムは2,248万円になります。
(計算過程は省略します。)
よってこの場合は、コールオプションを買うと発生する2,248万円のプレミアムが、523万円で買えるということになります。
よって「事業を開始する」という意思決定ができることになります。
これがリアルオプションの考え方と計算方法です。
【リアルオプションの特徴】
リアルオプションは、「不確実性」を事業評価に反映することのできる考え方です。
そしてこの考え方には、以下の特徴があります。
・リアルオプションでは、ボラティリティが大きければ大きいほど、「事業に着手する」という意思決定が行いやすい。
これはオプションという金融商品の特徴でもありますが、不確実性が高いほどプレミアムは上昇するために、今回でいうA段階の現在のNPVがプレミアムを下回る傾向にあるということです。
ちなみに上記の例でボラティリティを10%と考えると、コールのプレミアムは410万円になります。
すると、A段階の現在のNPVである−523万円を下回り、「事業を行うなら金融商品のコールオプションを買ったほうが安い」ということになり、事業には着手しないという意思決定になります。
NPVはボラティリティが高ければ、それは「リスク」となって資本コストが上昇し、事業に着手するという意思決定がしにくくなるのに対して、リアルオプションはそれを流動的に「可能性」と捉えて意思決定がしやすくなるということです。
そしてリアルオプションではこの「ボラティリティ」をどう考えるかが非常に重要になってきます。
あまりに高すぎるボラティリティで見積もることは、事業は開始できても「権利行使の可能性を失う = 初期投資が無駄になる」ことにもなります。
NPVとリアルオプションにははっきりとした違いや特徴があります。
ここではNPVの限界とリアルオプションの考え方について、理解しておきましょう。
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