企業経営とキャッシュフロー概念 その2
【事業を継続するか否かの意思決定】
次に、事業の撤退をどう考えるかについて考えてみましょう。
S社はもともと自動車メーカーからの発注を受けて自動車部品の製造を行ってきましたが、その需要が減少傾向にあることから一般消費者向けに車の消臭芳香剤を生産し、カー用品店で販売しています。
そして近年、消費者向けの商品については波があるものの概ね好調ですが、自動車メーカーからの発注の減少には歯止めがかからず、今後の発注数についても増加の可能性は低くなっています。
よって、消費者向けの商品に絞って事業を行っていくことを検討しています。
なお、自動車メーカーからの発注は他社に移管することができるため、事業から撤退したとしても自動車メーカーとの関係は悪化せず、今後の事業展開に問題を与えることはありません。
また、S社の自動車メーカーからの発注による自動車部品の製造で得られる今年度の売上高は1000万円、税引き前利益は0万円です。
そして事業から撤退した場合は、その事業で使用している簿価500万円の固定資産を特別償却する必要があり、かつその固定資産は市場で売却することができないため特別損失に計上する必要があり、さらに廃棄作業には100万円の費用が発生します。
この場合、事業は継続したほうがよいでしょうか?それとも撤退したほうがよいでしょうか?
一般的にはこのような場合、事業の継続を選択する可能性が高いです。
なぜなら、まずその自動車部品の製造事業で固定資産を有しているため、現在は利益が出なくても今後利益が見込める可能性があること、そして撤退した場合は固定資産を特別償却することで特別損失が発生し、しかも廃棄費用までがかかってしまうためです。
では実際にはどうでしょうか?
まず、今後の可能性についてはファイナンスで推測することはできません。
よってこれについてはここでは今後も利益が出ないという前提で考えてみましょう。
事業を継続する場合と撤退する場合のP/Lとキャッシュフローを比較してみましょう。
(今回はわかりやすくするために数値に±の記号をつけています。)
・継続する場合のP/L(単位は百万円)
売上高 +10
税引き前利益 0
法人税 0
当期純利益 0
・継続する場合のキャッシュフロー(単位は百万円)
キャッシュフロー 0
(ここでは当期純利益と同じであると仮定します)
継続する場合の当期純利益、キャッシュフローはともに0です。
・撤退する場合のP/L(単位は百万円)
売上高 0
営業利益 0
特別損失 −5
廃棄費用 −1
税引き前利益 −6
法人税 +2
当期純利益 −4
・撤退する場合のキャッシュフロー(単位は百万円)
営業活動によるキャシュフローは以下となります。
税引き前利益 -6
廃棄費用 +1
特別損失 +5
小計 0
廃棄費用 −1
法人税 +2
よって、営業活動によるキャシュフローは、+1です。
そして投資活動によるキャシュフロー、財務活動によるキャシュフローはともに0です。
よって、キャッシュフローは以下となります。
キャッシュフロー 1+0+0 = 1
撤退する場合は当期純利益が−4になるのに対して、キャッシュフローは1になっています。
当期純利益は大きく減少するものの、キャッシュフローはむしろ増加するのです。
このからくりは以下のようになります。
まず、撤退する場合は、固定資産を特別償却することで簿価である500万円を費用として計上しなければなりません。
しかしこの500万円はあくまでも簿価であり、実際は購入時にその代金が支払われています。
よってここでは支出は発生しません。
このため、営業活動によるキャッシュフローの小計以下には含まれないのです。
このことが当期純利益とキャッシュフローの違いに表れているのです。
なお、法人税が「+」で表記されている理由についてですが、まずS社の「会社全体の税引き前利益」は、8です。
撤退する事業の税引き前利益が−6ということは、会社全体の税引き前利益が2に減少し、法人税は1(概算)に減少します。
よって、もともとの法人税3に比べると2(概算)節税できるということになります。
このために節税された分の法人税がP/L、キャッシュフロー双方に加算されているのです。
これを視覚化して考えると、以下のようになります。
上記の節税効果分が、+2となって加算されているということです。
このように、P/Lだけを考えると撤退を躊躇してしまう可能性がありますが、実際のキャッシュフローを考えた上では、事業を撤退して利益の出る消費者向けの商品に転換したほうが、将来的なキャッシュフローが期待できるということになるのです。
キャッシュフローの概念を利用するだけで経営が効率化、あるいはスリム化することが可能になります。
ぜひ様々な場面で活用していきましょう。
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