NPVとAPVの関係
【NPVとAPV】
前回、APVでは将来的に大きく資本構成が変動すると考えられる場合に、その変動を考慮した現在価値が計算できることを学びました。
WACCでNPVを求める場合は資本構成が一定ということが大前提であったのに対して、APVではその前提がないということです。
資本構成を考えないで計算を行うのが、APVという考え方でした。
ではNPVとAPVにはどのような関係があり、どのような違いがあるでしょうか。
今回はNPVとAPVの関係性について学びたいと思います。
【NPVとAPVの関係】
これまで学んだとおり、NPVを計算する際に使用するWACCは負債コストと株主資本コストを加重平均した資本コストです。
そしてこの加重平均した資本コストは「変わらない」という大前提があります。
つまり、負債と株主資本の比率は常に一定であるという暗黙の了解があるということです。
これに対してAPVは負債コストと株主資本コストの関係は考慮しません。
両者は計算過程で明確に分類され、別々に計算されていきます。
よって、目的は同じ現在価値を求めることにあっても、その前提は全く異なるものであるという認識が必要です。
そしてそのような意味では、資本構成が一定ではない限りはWACCを使ったNPVとAPVは一致しません。
(ただし、WACCを資本構成に合わせて変化させていけば、一致します。)
両者はもともとその経済的価値がファイナンス上の理論数値であるために、計算を行う上でその前提が異なれば、当然計算結果も異なってくるということです。
ではどちらがより現実的なのか?ということを考えてみましょう。
これは一概には言えず、会社や経営者、あるいはファイナンスの担当者がどちらの前提を採用するかということになってきます。
一時期は今後はAPVが主流になるという考え方もあったようですが、現在でもどちらかと言えばNPVを採用するというケースが多いようです。
そしてNPVとAPVは、その概念の違いを考慮すると両者の計算結果を比較することにはあまり意味がありません。
資本構成が一定であるという仮定をするNPVと、資本構成を考えないというAPVを比較しても得られるものはなく、むしろ混乱を招くだけという可能性が高いためです。
よってNPVとAPVのどちらがよいということではなく、その時の会社の状況に合った手法を採用するのがベストな選択であるということになります。
【NPVとAPVに合った状況とは】
ではNPVとAPVは、どのように使い分けるのがよいかを考えてみます。
一般には、以下のように考えられています。
≪NPVを採用すべき状況≫
・資本構成に大きな変動を与えない、例えば主となるビジネスに関しての事業について意思決定を行う場合。
・財務レバレッジが大きく、そのリスクが懸念されている状況で事業の意思決定を行う場合。
・新事業ではあるが、安定的に事業を進められると考えられる場合。
≪APVを採用すべき状況≫
・資本構成に大きな影響を与えると考えられるM&Aなどを行う場合。
・会社の事業を再編成し、今後の状況が見えにくい場合。
・主となるビジネスでも、投資額が大きくて将来的に資本構成に影響を与えると考えられる場合。(ただし財務リスクは少ないと判断できるとき。)
ただし、いずれの場合も完全にこれが正しいという解はありません。
そしてこのような場合に必要なのは、「定性的な根拠」となります。
定性的な根拠とは、なぜこの手法を採用するのかという明確な意思です。
それぞれの手法を採用するはっきりとした理由があれば、その説得力が増すということです。
経済的価値の計算に完全はありません。
それぞれの手法の特徴を理解し、その時にあった手法を根拠と自信を持って採用するということを心がけましょう。
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