資本コスト(WACC)を理解する その2
【資本コストの計算方法】
資本コストは上述したように債権者と投資家の期待収益率を加重平均したものです。
上記では資本コストを所与のものとしましたが、実際には計算して算出します。
そしてその加重平均された資本コストは一般にはWACC(Weighted Average Cost of Capital:加重資本コスト)と呼ばれ、計算式は以下のようになっています。
資本コスト(WACC) = 「?(負債コスト)×(1−税率)×(負債÷総資本)」+「?(株主資本コスト)×(株主資本÷総資本)」
ここで、?の部分が負債コストです。
総資本のうちの負債分(負債÷総資本)は、負債コストの金利で計算されます。
そして?の部分が株主資本コストです。
総資本のうちの株主資本分(株主資本÷総資本)は投資家の個別株式に対する期待収益率、つまりCAPMで計算されます。
そしてこのWACCが会社全体、あるいは事業のキャッシュフローを上回れば、債権者や投資家が求める期待収益率を確保できるということになります。
しかしここで、注意点が1つあります。
それは?の負債コストが「(負債コスト)×(1−税率)」となっている点です。
これは債権者に返済する利息は費用として計上されるため、利益と相殺されて節税効果が働くという意味です。
これに対して投資家のリターン(株主資本コスト)は税引後の利益から配分されることになるため、節税効果は働きません。
では先程の例で、今度は具体的に資本コスト(WACC)を計算してみましょう。
なお、今回はβを1、法人税を35%、リスクフリーレートを2%、マーケットポートフォリオの期待収益率を6%として計算してみます。
・獲得するキャッシュフロー 200万円
・総資本 5000万円
・負債 2500万円(金利4%)
・株主資本 2500万円
・β 1
・法人税率 35%
・リスクフリーレート 2%
・マーケットポートフォリオの期待収益率 6%
まずはCAPM理論を使って、株主の期待収益率(株主資本コスト)を計算します。
株主資本コスト(CAPM) = 2+1×(6−2) = 6%
株主資本コストは6%です。
よって資本コスト(WACC)は以下のようになります。
資本コスト(WACC) = 4×(1−0.35)×(2500÷5000)+6×(2500÷5000) = 2.6×0.5+6×0.5 = 4.3
ここで、資本コスト(WACC)の金額、債権者が受け取る利息、そして投資家が受け取ることが可能な金額を考えてみましょう。
資本コスト(WACC)の金額:5000×0.43 = 215
資本コスト(WACC)の金額は215万円です。
先程の例と金額は異なりますが、獲得するキャッシュフローである200万円よりも15万円多くコストがかかっていることになります。
また、さらに具体的に債権者が受け取る利息と投資家が受け取ることが可能な金額、投資家の期待収益率から求められる期待値の金額を計算してみましょう。
・債権者が受け取る利息 2500×0.04 = 100
・投資家が受け取ることが可能な金額 215−100 = 115
・投資家の期待収益率から計算した受け取り期待額 = 2500×0.06 = 150
投資家の受け取り期待額は150万円なのに対して、実際に受け取ることが可能な金額は115万円です。
債権者と国に支払いが終わった後に投資家が受け取ることが可能な金額は、期待収益率を下回っていることとなります。
私たちはこれまでの学習で、投資家は期待収益率を下回る投資は行わないと学んできました。
よってファイナンス的には、投資家の期待収益率を下回るような事業は行うべきではないという結論となります。
そしてこの場合は資本コスト(WACC)が215万円なので、キャッシュフローが215万円を超えて初めて資本コスト(WACC)を支払ってもキャッシュフローはプラスということになり、事業に経済的な価値があると認められることとなります。
【資本コスト(WACC)の意義】
ここで資本コストの意義をもう一度考えてみましょう。
ファイナンスの目的はあくまでも、会社を経営していく上でのすべてのお金の流れを「定量的に」管理することです。
そしてそれは未来の事業に対しても同様です。
資本コストはこのような未来の事業価値を計算する上で、債権者や国、投資家に対するお金の流れを定量化するという意味で、キャッシュフローや現在価値などと同様にファイナンスでは必須の考え方となっています。
また、資本コストはあくまでもファイナンスの理論値であるため、100%正確に計算することは難しいとも言えます。
しかし、ただ事業を闇雲に展開するということではなく、「投資家目線で考えた、必要なキャッシュフローの根拠となる数字」を明示できる点にその存在意義があります。
ぜひその意味や計算方法を理解し、今後の学習につなげるようにしてください。
なお、資本コストの計算方法や負債コストの節税効果などに関する詳しい説明は、当サイトの「アカウンティング(会計)」の「負債コストと株主資本コスト」でも解説していますので、そちらを参照してみてください。
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