資本コスト(WACC)を理解する その1
【資本コスト(WACC)を理解する】
資本コスト(WACC)とは何でしょうか?
まず、下記の例を見てみましょう。
≪例≫
自動車部品製造会社であるS社に勤めるMさんは、ある日の昼休みNさんが腕組みをして悩んでいることに気づきました。
Nさんは通常業務のかたわら、現在は新プロジェクトのメンバーとしても日々忙しく業務を行っていたため、Mさんは悩み事があるのかと思い、話しかけてみました。
するとNさんはこう言いました。
「新プロジェクトの方針がどうしても固まらないんだ。採算性で意見が割れて営業部門と意見がぶつかってるんだ。」
Nさんはファイナンスの担当者としてプロジェクトに参加しています。
しかし、営業部門との間で意見が割れているというのです。
Mさんは新プロジェクトは採算性が高く利益も十分見込める事業と聞いていたので、Nさんが悩んでいる理由をもう一度聞いてみました。
「確かに利益面ではある程度見込める事業だよ。でも君も会計上の利益が出ればいいってものではないことはもう知っているだろう?問題は資本コストなんだ。営業部門が資本コストにピンと来ないのは仕方がないんだけど、ファイナンス部門としてはそうもいかないんだよ。」
MさんはCAPMを学んだ時に資本コストという言葉が出てきたことを思い出しました。
しかし、それが何を意味するかがわからなかったので、悩んでいるNさんに聞くのも気が引けてそのまま黙っていました。
するとNさんは続けました。
「会社は本来事業を行う上では資本コストを意識しなければいけないんだ。それが出資者である投資家に対する義務なんだよ。本来株式会社は投資家がいるからこそ成り立つわけだからね。ただそれは管理部門だけの問題と考える営業担当者もいる。そこがとても難しいところなんだ。」
Mさんは残念ながらNさんの力になることはできないと思い、その場を後にしました。
そして自分もNさんの言う「資本コスト」について学んでみようと思いました。
【資本コストとは】
資本コストとは、会社の資本にかかるコスト、つまり会社が債権者や投資家に対して支払うべきコストのことです。
これは逆に言うと、債権者や投資家から見た会社に対する期待収益率ということになります。
債権者や投資家が融資や投資によって受け取るリターンです。
そして「資本コスト = 期待収益率」なので、通常は「%」で表示します。
また、資本コストは以下の2つに分類できます。
1.負債コスト
2.株主資本コスト
1の負債コストは、債権者の会社に対する期待収益率のことです。
これは会社からすると負債にかかるコストのため、「負債コスト」と呼ばれます。
負債コストの主なものは利息です。
そして基本的には、利息は契約によってほぼ一定の金利となっているため、負債コストは固定されるケースが大半です。
2の株主資本コストは、投資家の会社に対する期待収益率のことです。
これは会社からすると株主になってもらうことでかかるコストのため、「株主資本コスト」と呼ばれます。
株主資本コストの主なものは配当です。
配当は「インカムゲイン」とも呼ばれます。
インカムとは収入という意味です。
そしてこれまで学習してきた通り、株式はリスクのある資産なので、投資家はリスク以上のリターン、つまり値上がりによる収益を期待します。
これは「キャピタルゲイン」と呼ばれます。
キャピタルとは元金や資本という意味です。
投資家はハイリスクハイリターンな中で会社を選別して投資しますので、会社はこの資本コスト、特に株主資本コストを意識した経営を行わなければなりません。
そして1と2を加重平均したものが「資本コスト」となります。
資本コストを意識した経営とは、「獲得するキャッシュフローが資本コストを上回る経営」にするということなのです。
ここで、仮にキャッシュフローが資本コストを下回ってしまったと考えてみましょう。
例えば以下のような場合です。
ここでは簡略化するため、時間的価値や法人税などは無視して単純に考え、資本コスト(%)は所与のものとします。
・獲得するキャッシュフロー 200万円
・総資本 5000万円
・負債 2500万円(金利4%)
・株主資本 2500万円
・資本コスト 5%
計算方法は後述しますが、資本コストは負債コストと株主資本コストを加重平均したものなので、結果的には資本全体にかかるコストということになります。
よってここでの資本コストの金額は以下です。
資本コストの金額:5000×0.05 = 250
資本コストの金額は、250万円ということになります。
そしてキャッシュフローは200万円ですので、資本コストを支払った時点でキャッシュフローはマイナスとなってしまいます。
これではいくら事業のキャッシュフローがプラスでも、理論上の収支は実はマイナスとなってしまうのです。
そしてさらに、債権者には一定の利息を受け取る権利があります。
債権者が受け取る利息 2500×0.04 = 100
債権者が受け取る利息は100万円です。
そうすると、残りのキャッシュフローは100万円です。
これまで学習してきた通り、債権者は契約によって一定の利息を受け取ることができるので、結果的に投資家が受け取ることができることができるキャッシュフローが大きく減少してしまうのです。
ここでは投資家の期待収益率は考えていませんが、債権者が一定の利息を受け取る権利がある以上、もともとキャッシュフローが資本コストよりも小さい場合は、投資家が受け取るリターンはさらに減少することになってしまうわけです。
そうなると、最大のリターンを目指す投資家は当然のことながらその事業に不安を持ち、投資を控えることになります。
そして結果的に会社に資金が集まらなくなるわけです。
これがNさんが資本コストで悩んでいた最大の理由です。
キャッシュフローが資本コストを下回ってしまえば、投資家に対する会社責任が果たせなくなるということなのです。
仮に利益が出たとしても、少なくとも「稼ぐことのできるキャッシュフロー>資本コスト」とならなければ、新事業が成功したとは言えないのです。
ただ、営業部門からすると、「利益が出そうである = 新事業に着手すべき」ということになります。
このために資本コストを気にするNさんと、利益に着目する営業部門で意見が分かれていたということなのです。
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