経済学の主要学説
経済について何かしらの研究が提出されたのは、トーマス・マンの『外国貿易によるイングランドの財宝』などの重商主義学説でした。
その後、18世紀後半のフランスで発生した、農業こそが富の唯一の源だとする重農主義などを経て、「経済学の父」アダム・スミスが『国富論』を著したことで経済学がはじまります。
ここではその主要な学説を紹介します。
見えざる手:アダム・スミス
アダム・スミスが提唱した「見えざる手」は市場が自動的に資源の最適な配分を調整する機能を持つという理論です。
スミスは、国が市場に対して行う介入を批判し、より自由に取引をさせるべきだと言いました。
この理論において前提となっているのは、「利己的な個人」です。
スミスによれば、ビジネスにおいて個人は自分が儲けることしか考えません。
これは、自分に照らし合わせて考えてみると少なからず納得できると思います。
買い物をする時は同じものをできるだけ安く手に入れようと考えるでしょうし、売る側に立った時もできるだけ高く売ろうと考えるでしょう。
「見えざる手」はこの利己的な個人が思うように行動すれば、どんどん豊かな生活ができるようになると言います。
逆に、「補助金などの政府の介入があるとそれにより生産性の低い産業が栄えてしまい、補助金の額ばかりが増えて、社会全体としては豊かにはならない。」スミスはそう考えました。
しかし、彼は「政府は要らない」と言ったわけではありません。
政府が行うべきは国防や司法行政、公共事業など、社会が安心して生産できるように国がすべき仕事として設定しています。
『政府は市場を確保するために自らの役割を担い、個人は利己的に行動する。これにより社会が豊かになる。』
これが見えざる手という概念です。
比較生産費説:デヴィット・リカード
最も基本的な貿易のための理論が、この比較優位であったり、リカード理論とも呼ばれる比較生産費説です。
「自由貿易を行うことでそれぞれの経済主体がそれぞれの得意分野に特化してビジネスを展開すれば、労働生産性の向上に伴っておのずとよりレベルの高い財・サービスをより多く消費できるようになる」という理論です。
この場合の得意分野とは、より少ない費用でより多くの生産ができる分野を意味し、労働生産性とは1人あたりの実質的な付加価値高を指します。
【例題】
A国とB国がともに労働者200人でとうもろこしと鉄製品を生産するとします。
とうもろこしに100人を投入するとA国は2000、B国は1800生産できます。
対して鉄製品に残りの100人を投入すると、A国は1000、B国は300しか生産できません。
これを比較生産費説に基づいて、それぞれが得意分野に特化して生産するとどうなるでしょうか?
<解説>
A国はB国に対してとうもろこしにおいても鉄製品においても生産性が高くなっています(絶対優位)。
B国から考えると、とうもろこしの生産力はA国のそれと比べて9割ですが、鉄製品では3割です。
B国にとってはA国に対してとうもろこしの方が鉄製品よりも比較優位にあると言えます。
A国が仮に鉄製品に対し、労働者200人全部を投入して鉄製品を1800生産し、B国は労働者200人をとうもろこしに投入して4000生産できたとします。
この時、市場全体を見ると鉄製品が500増、とうもろこしが200増になっています。
それぞれが別々に生産していた時よりも全体が豊かになっているのがわかるはずです。
これが比較生産費説の唱える効用です。
イギリス古典派経済学
スミスやリカードの学説はイギリス古典派経済学と呼ばれます。
古典派経済学ではジョン・ロックが創案した労働価値説、すなわち「全ての物の価値はそこに使われる労働によって決まる」という考え方が貫かれています。
また、ジャン=バティスト・セイの導いた「供給が需要を生み出す」とする「セイの法則」も、古典派経済学においては代表的な学説です。
イギリス古典派経済学の学説は、その後の経済学の出発点となり、批判的に検証されながら現代にまで受け継がれています。
剰余労働:カール・マルクス
マルクスは「資本家が労働者を使って利益を生み出し、搾取している」と指摘しました。
『労働の対価として支払われたお金のうち、労働者に賃金として支払われる分を「必要労働」、資本家が搾取する利益部分を「剰余労働」と呼び、資本家はこの剰余労働を減らすべく、残業をさせたり、機械の導入によって失業させたりしている』と批判したのです。
機械が導入され働き口が減ると、労働者は賃金が低くても「働ければ何でもいい」という姿勢になり、資本家はさらに搾取しやすくなっていくのです。
近年、日本でも問題になった派遣切りによる賃金の低下、失業者の増加は、マルクスの見た19世紀イギリスで労働者が直面した悲惨な労働環境に似ています。
比較的容易にすげ替えられ、かつ低賃金で扱える非正規雇用というシステムは、資本主義の追求による資本家の搾取であると、マルクスなら言うでしょう。
マルクス主義と共産主義
マルクスは剰余労働を資本家ではなく、労働者の手に取り戻すために「社会主義」を提唱しました。
資本家を経済から追放し、労働者の手によってなす計画経済を実施することで、資本主義の自由競争がもたらす搾取を駆逐しようとしたのです。
こうして社会主義を始めた労働者たちの生産力が高まり、必要に応じて賃金を貰えるようになることで実現できるのが共産主義の社会です。
争いごともない、暮らしも豊かになる、それがマルクスの描いた共産主義という理想郷です。
この経済・政治思想は旧ソ連などをはじめとする国家で実践され、今のところ全て失敗に終わっています。
有効需要の原理:ジョン・メイナード・ケインズ
「経済の総生産量は需要によって調整される」というのがケインズの提唱した有効需要の原理です。
買いたいと思う人の数で、売り物の数は決まるというわけです。
現在では当たり前のように思えるこの原理ですが、イギリス古典派経済学では「供給が需要を生み出す」とする「セイの法則」が適用されていたのです。
そこで、この法則が通用しない局面があるとケインズは指摘したのです。
例えば、大根が非常に貴重な経済においては、大根は作れば作るほど売れます。ここではセイの法則が働いています。
しかし、通常大根は非常に貴重でもなければ、たくさん必要なものでもありません。
したがって作りたいだけ作っても、その量を需要が下回れば売れ残ります。すると生産者は需要に合わせて供給量を調整するでしょう。
これが有効需要の原則です。
経済成長:ヨーゼフ・シュンペーター
シュンペーターは古典主義経済学が「均衡=最適」とするのに対し、「均衡とは停滞であり、通過点である」としました。
均衡はイノベーションによって常に変化しており(経済成長)、それが起きなければ企業の利潤や利子などもなくなってしまうと考えたのです。
そのため、彼にとっては経済成長こそが正義となります。
この「イノベーション」として彼は次の5つの類型を提出しました。
?新しい財貨の生産
?新しい生産方法の導入
?新しい販売先の開拓
?原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
?新しい組織の実現
貨幣数量説:ミルトン・フリードマン
「物価の水準は貨幣の数量で決定される」とする学説です。
もとは18世紀初頭に唱えられた学説ですが、これを受け継いで19世紀末の経済学者アーヴィング・フィッシャーが提唱し、それを改良して提出したのがフリードマンです。
フリードマンは、「政府が行うべき経済政策は貨幣数量の調整を行うのみであり、他の一切の介入はするべきではない」としました。
これをマネタリズムと呼びます。
マネタリズムは、ケインズ経済が提唱する公共事業や累進課税などの政府の経済への介入を批判し、古典派経済学への回帰を主張したので新古典派とも呼ばれます。
現代経済学の展開
他にも現代には、これまでの経済学の枠組みにとらわれない様々な学説が構築されています。
例えば、進化経済学は生物学の思想を経済に適用しています。
Plan,Do,Check,Acitonの頭文字をとって名づけられたPDCAサイクルはもともとこの進化経済学の産物です。
また、従来の経済学が前提とする完全合理性に疑問を投げかける複雑系経済学という分野もあります。
意思決定プロセスにおいて、選択肢(要素)が増えるほど人間は最適な判断を行うことが難しくなり、結果経済が最適な均衡を保てないケースも起こり得ます。
このアトランダムに発生する均衡を予測するために、経済の複雑性を測定する経済複雑性指標という指標を提出したのがこの複雑系経済学です。
学説から考える経済学
剰余労働の奪還を唱えたマルクス経済学を異端とすれば、経済学は古典派経済学とケインズ経済学の対立で発展してきたと考えられます。
古典派や新古典派は「見えざる手」や「マネタリズム」に見られるように、基本的に政府は経済に介入しない経済を想定しています。
対して、ケインズ経済では「有効需要をコントロールするために公定歩合や社会福祉、累進課税などの経済政策を行うべきだ」というのが基本方針です。
どの学説も全ての経済事象を説明できるわけではないので、臨機応変に使い分けるのが賢明でしょう。
まとめ
見えざる手→アダム・スミス
比較生産費説→デヴィッド・リカード
剰余労働→カール・マルクス
有効需要の原理→ジョン・メイナード・ケインズ
経済成長→ヨーゼフ・シュンペーター
貨幣数量説→ミルトン・フリードマン
PDCAサイクル→進化経済学
経済複雑性指標→複雑系経済学
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