古典派の二分法と貨幣の中立性
今回は古典派の二分法と貨幣の中立性について説明していきます。
この文章を読むことで、「貨幣量の変化が経済に及ぼす影響」と「古典派の二分法の考え方や使い方」について学ぶことができます。
貨幣量の変化の影響力
貨幣供給量が変動すると、それに従って均衡する貨幣量と貨幣価値、物価水準が変動します。
これは貨幣数量説に基づく理論ですが、さて、この貨幣量の変化は他の経済学における変数(経済変数)にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
例えば、GDPや貯蓄・投資、実質利子率に、失業率はどのような変化を見せるのでしょうか。
この問いはデイヴィッド・ヒュームをはじめ、古くから経済学の世界で問われ続けてきたものです。
経済変数の性質に着目しながら、貨幣量の変化が経済に及ぼす影響を考えてみましょう。
2つの経済変数
経済変数には大きく分けて2つの種類があります。
それが「名目変数」と「実質変数」です。
名目GDPや名目利子率、実質GDPに実質利子率などで使った「名目」・「実質」と同じ使い方がされています。
名目変数は貨幣単位で測られた変数を示し、実質変数は物質的な単位で測られた変数を示します。
これだけでは分かりにくいと思うので、例をあげて解説しておきます。
【例題1】
あるうどん店の一年間の所得は250万円です。同じお店の一年間の売り上げはうどん500000杯でした。
<解説>
この場合の所得は金額で測られているので「名目変数」。
対してうどんの売り上げは、「杯」という物質的な単位で測られているので「実質変数」となります。
ここで思い出しておきたいのは、名目GDPや名目利子率、実質GDPに実質利子率などの時に使われた、名目や実質の意味です。
これらの共通点は「名目は現在の価格の影響を受け、実質は影響を受けない」という点です。
この名目変数と実質変数が二つに分かれることを「古典派の二分法」と呼びます。古典派の経済学者たちがこの考え方を唱え始めたことから、この名がつきました。
では、この考え方をもう少し進めて紹介しておきましょう。
古典派の二分法の考え方
より深く古典派の二分法を理解するためには、少しややこしいものの、価格との関係を考えておく必要があります。
どういうことかというと、「価格そのものは一体名目変数なのか、実質変数なのか」と問うということです。
この問いは一見非常に単純明快です。なぜなら名目変数は金額によって測られる変数を指すからです。
ほとんどの価格は金額によって測られるので、価格は名目変数であると言えます。
しかし、ここに「相対価格」という考え方が加わると、話がすこしややこしくなります。
【例題2】
Xさんのお店のかけうどんは一杯200円ですが、カレーうどんになると800円になります。
<解説>
かけうどん一杯200円、カレーうどん800円といった数字は、どちらも金額で測られているので名目変数です。これはさきほどのうどん店の所得と同じです。
しかし、ここで「カレーうどんはかけうどん4杯分である」という時、カレーうどんは金額では測られていません。
すなわち、物質的な単位=「杯」で測られた変数となるのです。
ここで重要なのは、財・サービスの価値について価格で示した場合には、その価格は名目変数であり続けるにもかかわらず、財・サービス同士の価格を双方の価格で比べると(相対価格)実質変数となるという点です。
古典派の二分法の使い方
では、試しにこの「名目」と「実質」の考え方を他の変数にも適用してみましょう。
例えば、実質利子率は「現時点で生産される財・サービスの価値と将来的に生産される財・サービスの価値を交換した時の比率」を示すものです。
この場合の「価値」は相対価格を指します。よって実質利子率は実質変数です。
あるいは実質GDPはどうでしょうか。実質GDPは、ある時点の価格を基準値として一定期間のGDPを評価したものです。
そのため現在の価格に影響されません。したがってこれもまた実質変数となります。
どうして二分法なのか
では、なぜ経済学はこのように変数を「名目」と「実質」に大別するのでしょうか。
これは前者が貨幣システムの変化の影響を受けるのに対し、後者がほとんど受けないという点につきます。
前述した実質GDPのように、貨幣システムの変動をそもそも最初から除外してしまった数値こそが「実質変数」なのです。
では、幾つかの変数に関して、この事実を確認しておきましょう。
貯蓄と投資
貯蓄された資本は、金融システムを介して市場を移動し、結果的に投資に活用されます。
貯蓄の量が増えると投資量も増加し、それは経済の生産性を向上させるので、結果経済は成長します。
この時、貨幣供給や貨幣需要の如何は貯蓄と投資の数値には影響していません。これは両者が相対価格の関係にあるからです。
よって貯蓄と投資も実質変数であると言えます。
実質利子率
100万円の貯金が5年後に105万円になるときの名目利子率は5%です。これは完全に金額によって測られているため名目変数です。
しかし、この間のインフレ率が5%だとすると、実のところ100万円で買えるものと5年後の105万円で買えるものは全く同じになります。
なぜなら100円の商品が105円になっているからです。インフレ率5%のときの実質利子率は0%なのです。
額面が5万円増えているにもかかわらずそれを無視して数値を求めているため、実質利子率は実質変数だと言えます。
失業
失業は実質賃金と労働の需要と供給のギャップが発生した場合におきます。
労働の需要側が示す賃金よりも、労働の供給側が示す賃金が高い場合、あぶれた労働力が「失業」という形をとります。
実質賃金は実質利子率と同様に物価変動の影響を排した賃金です。金額の影響を受けないため、実質賃金は実質変数です。
その実質賃金から導き出される失業もまた、実質変数ということができます。
貨幣の中立性とは
以上のことから導き出されるのは、貨幣供給の変化と名目変数は密接な関係にある一方で、実質変数と貨幣供給にはほぼ関係がないということです。
貨幣供給が倍になれば同じように倍になるのが名目変数で、貨幣供給が3倍になってもほぼ変化しないのが実質変数なのです。
この貨幣供給と実質変数が無関係であることを「貨幣の中立性」といいます。
これについて例をあげて考えておきましょう。
【例題3】
ある国の王様が突然こんなことを言い始めました。
「今は1メートルを100センチにしているが、あれが気に入らない。明日からは1メートルは10センチだ。」
藪から棒にこんなことを言う王様に対し、国道交通省の役人は慌てて抗議しました。
しかし、にべもなく断られ、「あまりしつこくすると打ち首にしてしまうぞ」と脅され、彼は引き下がらざるを得ませんでした。
<解説>
さて、この王様の言い分が通ると、170センチメートルの身長を持つ人が身長を聞かれた場合「身長は17メートルです」と答えなくてはなりません。
50メートル走はこれまで5000センチメートル走でしたが、これからは同じ距離を走るには500メートル走と呼ばれることになります。すべての長さの尺度が10倍になってしまうのです。
この場合の17メートルとか500メートルという測定上の数値は名目変数です。
しかし、実際に測ってみれば170センチメートルの人間と17メートルの人間の身長は同じわけです。つまり実質変数に変動はないわけです。
貨幣の非中立性とは
とはいえ、厳密な意味で貨幣の中立性が成り立つわけではありません。
確かに長い目で見ればいくら10センチメートル=1メートルという尺度を採用したとしても、実質的な世界にはなんら影響がありません。数字が変わっても現実は変わらないのです。
しかし、短期的に見ればどうでしょうか。
突然自分の身長の表記が17メートルになり、東京タワーの高さが3330メートルになって、なんの支障も出ないはずはありません。
このように短期(約1〜2年)においては貨幣は非中立性を示します。
とはいえ、この短期における非中立性はほぼノイズのようなものなので、経済学は長期における貨幣の中立性のがより重要だと考えます。
まとめ
経済学の2つの変数→名目変数・実質変数→この分類を「古典派の二分法」と呼ぶ
名目変数→貨幣単位で測られた変数
実質変数→物質的な単位で測られた変数
価格のほとんどは名目変数だが、相対価格になると実質変数となる。
貨幣の中立性→実質変数は貨幣システムの影響を受けない。
中立性は長期には成立するが、短期の場合は成立しないこともある(非中立性)
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