生産可能性と比較優位、および特化・交易
今回は生産可能性と比較優位、特化と交易について説明していきます。
この文章を読むことで、「生産分野を特化して交易するメリット」や「生産可能性を知ったうえで比較優位性を把握する必要性」について学ぶことができます。
私たちは支え合って生きている
「人は一人では生きてはいけない」とは世間でよく使われる常套句ですが、これは経済の視点ら見ても正しい見解だと言えます。
例えば、東京の渋谷区で一人暮らしをしているサラリーマンがカレーを作る場合を考えてみましょう。
茨城県産の野菜やインドから取り寄せたカレー粉、オーストラリア産の牛肉に、十勝産の牛乳で作ったヨーグルトや青森県産のリンゴ、中国で作られた圧力鍋や、カンボジアで作られたお玉、高知県産の包丁とまな板、東京産の水道水など、実に様々なところの様々なものが必要になることがわかります。
それらを手に入れるには、まず各地でそれらを作る人の手助けが必要で、かつそれらを販売している人の存在が必要です。
仮に、この全ての道具や食材を自分一人で調達するとなれば、カレーを完成させるのに何か月もかかってしまうでしょう。
日本が世界各国と交易するようになって、私たちは非常に豊かな生活を実現できるようになりました。
経済学の十大原理のうちの第5原理「交易(取引)は全ての人々をより豊かにする」を踏まえたうえで、交易にはどのようなメリットがあるのかをより具体的に見ていきましょう。
生産可能性とは
はじめに考えておきたいのが「生産可能性」についてです。
「限られた労働力を使って最も効率的に生産を行った場合、何をどれだけ作れるのか」、それを示すのが生産可能性と言えます。
これは各経済主体によって変化します。
ここではコーヒー豆農家Aと酪農家Bを例に考えてみましょう。
【例題1】
Aは一日8時間働くとコーヒー豆を48kg、牛乳を12L生産できます。
仮にすべての時間をコーヒー豆の生産に投入すると96kg、牛乳に投入すると24L生産できます。
対してBは同じ時間働いてコーヒー豆を72kg、牛乳を36L生産できます。
全ての時間をコーヒー豆に注ぎ込めば144kg、牛乳に注ぎ込めば72L生産できます。
<解説>
この時の生産可能性の限界ラインが上図のグラフです。
このグラフを生産可能性フロンティアといいます。
Aは牛乳を1L諦めるたびに、コーヒー豆の生産を4kg増加させることができ、Bは牛乳を1L諦めるたびにコーヒー豆を2kg多く得ることができることがわかります。
生産可能性フロンティアを使えば、「最も効率のいい生産を行った場合に、何にどれだけ時間を掛ければどれだけ生産できるかの組み合わせ」を全て把握できます。
特化と交易がもたらすもの
特化と交易は関係者の生活をより豊かにします。
具体的には、取引に使った二財の生産量の総量を増加させることができるのです。
コーヒー豆農家と酪農家の両者は自給自足を行っているので、どんな生産体制を採用するかは個人の好みに左右されます。
そこでコーヒー豆農家は点a(コーヒー豆48?、牛乳を12L)、酪農家は点b(コーヒー豆72?、牛乳36L)の生産体制を選んだと仮定して、得意な分野への特化とそれを前提とする交易がどのような効果をもたらすのかを見ていきましょう。
【例題2】
ある日コーヒー豆農家Aはこんな風に思いました。「もっと薄いコーヒー牛乳が飲みたい」。
しかし、彼の生産能力ではコーヒー豆の量を増やすと牛乳の量が減ってしまいます。
確かにいっぱいあたりのコーヒーの濃度は上がりますが、絶対量が減ってしまうのは本意ではありません。
そこで、隣家の酪農家Bの家の扉を叩きました。「なあBさん、ちょっと話があるんだが」とAはBにこんな話をしました。
「仮に僕が一日の全ての時間をコーヒー豆に使うとすると96?生産できる。
このうち45?をBに渡す代わりに15Lの牛乳を僕にくれ。
今の君の生活は一日コーヒー豆が72kg、牛乳が36Lだったな?
今から僕が言うのと同じ方法で働いてくれれば、もっとたくさんのコーヒー牛乳が飲めるぞ。」
さて、AがBに話した生産方法とはどのようなものでしょうか?
<解説>
コーヒー牛乳に目がないBは「ぜひ聞かせてくれ」と飛びつきました。Aさんは続けます。
「いいか。あんたは今一日4時間ずつコーヒー豆と牛乳に時間を割いて生産している。
これをコーヒー豆には2時間、牛乳に6時間の配分に変えるんだ。
そうすれば毎日の生産量はコーヒー豆が36?、牛乳が54Lになる。
そのうち牛乳を15L僕に渡して、僕が45?のコーヒー豆を渡すから、君の上がりはコーヒー豆が81kg、牛乳が39Lになる。
対して僕の上りはコーヒー豆が96-45=51kgで、牛乳が15Lだ。
今の生産量がコーヒー豆48?、牛乳が12Lだから、僕も君も今よりもたくさんコーヒー牛乳が飲めるんだ。」
この話に感動したBはAにこう言いました。
「君はなんて賢い人なんだ。ぜひ中に入って僕の家のコーヒー牛乳を飲んでいってくれよ。」
分業は人々を豊かにする
このようにお互いが得意な分野に分かれて生産を行い(特化)、互いに交換(交易)すれば、誰も損することなく豊かな暮らしを実現できるのです。
どうやって得意な分野を知るのか
しかし、そもそもコーヒー豆農家と酪農家には圧倒的な生産能力の差がありました。
コーヒー豆を作っても牛乳を作っても、酪農家の方がより多くの数を生産できていたのです。
このような状況でどうしてコーヒー豆農家は自分の得意分野はコーヒー豆で、酪農家の得意分野は牛乳だと分かったのでしょうか?
これには絶対優位と比較優位という二つの概念を理解する必要があります。
絶対優位と比較優位
絶対優位とはある財に対しての生産量を考えるときに、2者のうち一方の経済主体がもう一方の経済主体よりも少ない投入量で生産できる場合を言います。
対して比較優位とは投入量ではなく、機会費用を比較した場合の優位性を指します。
機会費用とは「あるものを得るために犠牲にしたもの」です。
これだけではわかりにくいと思うので、先ほどのコーヒー豆農家と酪農家の例を見ながら考えていきましょう。
絶対優位は酪農家、比較優位はコーヒー豆農家
ここでは「両者は牛乳を1L作るのにどれだけのコストをかけているのか」を考えます。
絶対優位を考える場合、この例では牛乳1Lあたりの労働力を目安にします。
コーヒー豆農家は牛乳1Lあたり30分の労働時間が必要ですが、Bはなんと10分で作ってしまいます。
これはコーヒー豆に置き換えても同じで、Aは1kg作るのに7.5分かかります。対して酪農家が同じことをすると5分でできてしまいます(表1)。
つまり、AはBに対して「何を作っても余計に時間がかかる」のです。
もしここで考えるのを止めていたら、Aはいつまでも濃厚なコーヒー牛乳を飲んでいなくはいけません。
では、比較優位についてはどうでしょうか?
この場合の機会費用とは、双方が牛乳を1L作るために諦めたコーヒー豆の生産量を指します。
表2を見てください。コーヒー豆農家は牛乳1Lと引きかえに4kgのコーヒー豆を諦めています。
対して酪農家は牛乳1Lと引きかえに2kgのコーヒー豆を諦めるだけでよいのです。
これを入れ替えて考えてみると、コーヒー豆農家は1/4Lの牛乳を諦めるだけでコーヒー豆1kgを生産できますが、酪農家は1/2Lの牛乳を諦める必要があります。
従ってコーヒー豆に関してはコーヒー豆農家が、牛乳に関しては酪農家が比較優位を持っていると言えるのです。
交易の値段を考える
AとBの取引を価格の面から考えた場合、Aは45?のコーヒー豆と15Lの牛乳を交換しているので、コーヒー豆3?で1Lの牛乳を買っていることになります。対してBは1/3Lの牛乳で1kgのコーヒー豆を買っています。
どちらとも自前で生産するよりも安いコストで購入できているのです。
2者の交易の場合、このように互いの機会費用よりも安い価格で取引がなされなければ交易は成り立ちません。
つまり、Aの牛乳の機会費用=コーヒー豆4kgとBの牛乳の機会費用=コーヒー豆2kgの間に、牛乳の価格は設定されなくてはならないのです。
2人は交換関係にあるので、もしこの価格よりも安かったり高かったりすれば双方にとって損失になるからです。
交易と比較優位
生産分野を特化し、交易すれば、自ずと生活は豊かになります。
それには互いの生産可能性を知ったうえで、比較優位性を把握する必要があります。
こうすることで全体の生産性が向上し、総生産量が増加するためです。
まとめ
生産可能性→限られた労働力を使って最も効率的に生産を行った場合、何をどれだけ作れるのかを示す。
特化と交易によって市場は豊かになる。
比較優位によって特化する分野を知る。
2者の交易の場合、互いの機会費用よりも安い価格で取引されなければ交易は成立しない。
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