失業の測定方法
個人にとって経済的に恐ろしい状況である「失業」は、国全体の経済活動においても影響力があります。
そのため各国は「失業率」という数値を測定し、それによって自国及び他国の経済状況を分析します。
では、この失業率とはどのようにして算出されるのでしょうか。
労働統計における分類方法
まずは、「労働統計におけるデータの分類方法」について紹介しましょう。
アメリカであれば労働統計局、日本なら総務省統計局の調査においては、調査対象(16歳以上の成人)を次の3つのカテゴリーに分類しています。
<雇用者(日本では就業者)>
このカテゴリーは日常的にも馴染みがあるのではないでしょうか。
給与所得者や、自営業者、無給の家族従業者がこのカテゴリーの中核を担っています。他にもフルタイム・パートタイムの非正規雇用者も含まれています。
あるいは、仕事はしていても病気や休暇、悪天候などのアクシデントで調査時点で一時的に欠勤している人も、「雇用者」のカテゴリーに含まれます。
簡単に言えば「仕事のある人全般」を指します。
<失業者>
対してこのカテゴリーに含まれているのは「仕事のない人」なわけですが、失業者を厳密に定義するともう少し複雑になります。
・仕事があれば働ける状態にあること(怪我や病気をしていない)
・調査時点の4週間にわたって仕事を探していること(やる気がないわけではない)
この2つの条件を満たしており、かつ雇用されていない人を失業者と呼びます。
また、「業績不振などを理由に工場作業員などに一時的な休暇を申し渡すレイオフ(一時解雇)の状態の人」も失業者にカテゴライズされます。
<非労働力>
最後のカテゴリーがこの「非労働力」です。
前掲の2つのカテゴリーに含まれない、フルタイムの学生や主婦(夫)、退職者などが含まれます。
「働く必要がない人」と言い換えてもいいでしょう。
労働力とは
これらの数値がそろったら、統計局が次に行うのは3つの数値の算出です。
<労働力>
労働力は次の計算式で求められます。
労働力=雇用者数+失業者数
前述したように、失業者の定義の一つは「仕事があれば働けること」です。
そのため、失業者も市場に提供する労働力という価値を持っている存在として含まれるというわけです。
<失業率>
労働力が計算できたら、この数字を元に失業率を求めることができます。
失業率とは言葉で説明すると、「働ける人のうち、どれだけが失業しているのか」を示す数値です。
計算式で示すと次のようになります。
失業率=失業者/労働力×100
統計局が失業率を計算する場合は、年齢別や男女別といった各セグメントごとに行います。
大きな数字と小さな数字を比較検討することで、どのセグメントの失業率がどのように変動し、全体に影響を及ぼしているのか分析するためです。
<労働力率>
次に計算するのが「労働力率」です。
これは、「成人人口の中でどれくらいの割合が労働力として市場に参加できるのか」を示す数値です。
次の計算式で求めることができます。
労働力率=労働力/成人人口×100
この数値も年齢別、男女別に測定されるのが一般的です。
この数値は一般的には先進国ほど低く、所得の高い層ほど低いと言われます。働かなくても生活できるから、というわけです。
<実際の数値を使ってみよう>
では、実際に2009年9月の日本の各数値について計算してみましょう。
以下が当時の労働力人口、雇用者(就業者)、失業者、成人人口(15?64歳)の数値です。
これを元にして失業率と労働力率を計算すると、次のようになります。
・失業率
3560000人/66580000人×100=5.3%
・労働力率
66580000人/81515000人×100=81.7%
失業率は先進諸国の中でも低く、労働力率は高いと言われています。
この数値だけを見ても「日本人は働き者だ」というステレオタイプはある程度正しいことがわかります。
統計値と現実の乖離
さて、このように計算される失業率ですが、実際のところこの数値で何がわかるのでしょうか。
もちろん「経済の状況」には違いないのですが、「その状況とはどのような状況なのか」という点が重要です。
というのも、得てして統計というのは、現実から少なからず乖離しているものだからです。
統計学などはその乖離をいかにしてなくすかを追求する学問といってもいいのですが、失業率に関して言えばどのような乖離が起きているのでしょうか。
それを解明するには、「失業者」と「非労働力」の2つの違いについてより詳しく見ておく必要があります。
失業者と非労働力の違いとは
簡単に言えば、失業者は「働けるが仕事がない人」、非労働力とは「働く必要がないor働けない人」と言えます。
ですが、これだけではあまりにも大味すぎます。
というのも、「働ける」というステータスはかなり頻繁に「働けない」となり、「働けない」というステータスもまた「働ける」というステータスに変わりやすいのです。
実際、失業者の中には最近になって働けるようになった人たちが多い傾向にあります。
例えば、学校を卒業して初めて仕事を探す若者は、「働けない」から「働ける」に移行してきたところです。
あるいは、一度は退職したものの再び働きに出ようと仕事を探す年配者も、若者たちと同じ非労働力から労働力へ移行してきた人たちです。
また、現在の日本でも問題になっているように、一度失業した人が必ずしも職を得られるというわけではなく、そのまま非労働力に落ち着いてしまう場合も少なくありません。
意欲喪失労働者とは
さらに、失業率統計の難しさに拍車をかけるのが「失業者」の捉えにくさです。
自分を失業者として申告する人の中には、仕事を探す「振り」をしている人もいるでしょう。
失業保険などの失業者に対する金銭的補助制度を利用するために、意図的に偽っているケースがないわけではありません。
あるいは、日本の生活保護制度は非労働力とならざるを得なかった人のための制度ですが、これを悪用する人も一定数はいます。
またはその逆、非労働力と答えながらも実は働きたいと思っている人もいるでしょう。
このような仕事を探しはしたが職探しがうまくいかず、諦めてしまった人を「意欲喪失労働者」と呼びます。
失業率の実用性
このように、「失業者」「非労働力」にはそれぞれ込み入った事情や数字には現れない部分があり、失業率統計と現実の間に乖離を発生させるのです。
そのため、失業率は完全に経済の失業状況を反映しているとは言えず、「一定の確からしさ(蓋然性)がある」という程度に認識するのが妥当だと言えます。
「失業」が問題になる時
しかし冒頭でも述べたように、失業率の数字に蓋然性しか認められなくとも、個人や経済にとって失業が問題となる事実については変わりありません。
短期の失業はともかく、長期の失業は特に問題となりやすい傾向にあります。
長期の失業は経済的にだけでなく、精神的にも当事者の負担になります。もちろん経済全体にとっても、長期的失業の方が影響力は大きくなります。
経済学がこの「失業の継続期間」のデータを分析したところ、次のような一つの結論が提出されました。
「ほとんどの失業の継続期間は短期である。」
「しかし、観察される失業のほとんどは長期的な失業である。」
さて、これについて具体的な数字を挙げて説明しておきましょう。
【例題】
Xさんは職業安定所に勤めています。
彼の窓口には1週間に300人の失業者が訪れます。
そのうちの200人はすでに1年間もXさんの窓口に通い続けており、一向に就職に至る様子がありません。
しかし、残りの100人は直近1週間以内に失職した人たちで、すべての人が1週間以内に仕事を見つけていきます。
<解説>
一年は52週間なので、Xさんは一年に延べ15600人の失業者と面会していることになります。
このうちの10400人は、一向に仕事が見つからない200人が毎週Xさんのもとに通い続けた結果です。
残りの5200人が1週間だけ失業した人たちです。
ということは、Xさんの元に訪れた失業者の実際の数値は、5200+200=5400人ということになります。
この時、長期失業者の割合は約4%、短期失業者の割合は約96%となります。
失業期間のアンケートをとれば96%が「1週間」と答えるでしょう。
しかし、Xさんが会う失業者のうち3分の1は常に同じ長期失業者なのです。
つまり、「ほとんどの失業の継続期間は短期である。しかし観察される失業のほとんどは長期的な失業である。」ということです。
失業率の測定方法
労働統計においては調査対象を雇用者(日本では就業者)、失業者、非労働力に分類します。
これに成人人口を加えると労働力、失業率、労働力率を計算することができます。
しかし、統計値と現実には必ずズレが生じます。失業率も例外ではなく、意欲喪失労働者などを含めると現実との乖離は避けられません。
よって、失業率統計には蓋然性のみが認められる、という点を覚えておく必要があります。
また、失業期間においてはほとんどの失業が短期であるにもかかわらず、観察される失業はほとんどが長期であるという点に注意が必要です。
まとめ
<労働統計で使われる数字>
雇用者数
失業者数
非労働力
成人人口
<各数値の計算式>
労働力 労働力=雇用者数+失業者数
失業率 失業率=失業者/労働力×100
労働力率 労働力率=労働力/成人人口×100
<失業の継続期間についての結論>
ほとんどの失業の継続期間は短期である。
しかし観察される失業のほとんどは長期的な失業である。
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