外部性に対する公共政策
今回は外部性に対する公共政策について説明していきます。
この文章を読むことで、市場が機能不全を起こしたときに政府が講じる政策について学ぶことができます。
二つの政策
市場が機能不全を起こした時に発生する外部性。この対策として政府が講じることのできる公共政策には2つの種類があります。
それは「指導・監督政策」と「市場重視政策」です。
前者は、市場参加者の行動に直接干渉し、外部性による市場の非効率化に対処します。
後者は、市場の参加者が各々意思決定により外部性の問題を克服するためのインセンティブを与えるというやり方です。
規制して対処する
まずは前者について見ていきましょう。
これは経済の外部性を引き起こしている行動を禁止したり、要求したりして政府のトップダウンで状況の改善を行うものです。
仮に、ダイオキシンを工場の煙突から大量に垂れ流している企業があるとして、それはその企業が市場から得る利益よりも、はるかに大きい不利益を社会に対して及ぼします。
政府はこれに対して「ダイオキシンの排出を禁止する法律」を施行するのです。
この方法は面倒見のいい親のようなものです。
子供が好き嫌いをすれば箸で口元まで持っていってやり、お風呂に入るのが面倒だと言えば体を洗ってやる。規制による対処法をとる政府は、このような親と似ているところがあります。
しかし、この方法には大きな問題があります。
それは、「政府がダイオキシンの排出を完全に把握し、それを逐一禁止するということは実際的には不可能だ」という点です。
そのため、「少しくらいの排出なら不問とする」だとか「適切な処理をして排出すれば不問とする」、といった汚染の程度と種類を政府は決定する必要があるのです。
とはいえ、この項目を決定するだけでもまた多大な時間がかかります。
親が子供の怪我をどこまで放置しておくのかを決めるのはとても悩ましい問題なのです。
矯正と補助で対処する
対して市場重視策の場合、政府は私的なインセンティブによって社会的効率性を自発的に維持させるという方法をとります。
例えば、負の外部性に対して課税し正の外部性に対して補助金を与えれば、外部性を内部化することができます。
これらが適正額(外部性の費用、外部性の価値)なされれば、市場は社会的費用及び社会的価値に見合った取引量と価格を見出し、結果総余剰を最大化するような均衡点を見つけ出すのです。
この外部性に対して課される税のことを「矯正税」あるいは「ピグー税」と言います。
これは20世紀初頭から活動をはじめたイギリスの経済学者アーサー・セシル・ピグーが提唱したことから名付けられました。
経済学は、前述の規制政策よりもこの矯正税や補助金制度を高く評価しています。
その理由を2種類の政策を比べることで明確にしておきましょう。
【例題1】
和食料亭Xと洋風居酒屋Yがそれぞれ毎年50000トンの食品廃棄(ロス)を出しています。
食品廃棄は世界の食糧問題の解決を遠のかせている上、廃棄食糧の焼却や輸送等に大量のCO2が排出されているとして、政府はこの外部性を改善しようと動き出します。
そこで、政府は次の2種類の解決策を提示しました。
規制:政府はそれぞれの飲食店に食品ロスを年間30000トンまでに抑えるよう命じる。
矯正税:政府はそれぞれの工場に食品ロス100トンにつき、10万円の税を課す。
<解説>
規制では食品ロスの水準を提示し、矯正税では食品ロスを減少させるための経済的なインセンティブを与えています。
どちらの場合でも一定の効果を表します。しかし、効率的なのは強制税です。
というのも、一律に食品ロスを減らすことが、最も安価な方法とは言えないからです。
仮に、和食料亭Xの方が洋風居酒屋Yよりもより安く食品ロスを低減できるとすると、和食料亭は税金を支払うよりもロスを減らす方に努力を注ぐでしょう。
対して、洋風居酒屋Yにとってはロスを減らすよりも税金を支払った方が安いというのなら、Yは税金を支払う形でこの法律に対処します。
矯正税の性質
このように、矯正税はより効率的な食品ロスを企業に対して促し、外部性の内部化を実現します。
また、指導・監督政策では食品ロスが30000トンを切った時点で企業にはそれ以上食品ロスを削減するメリットがないため、そのための労力を支払わなくなります。
しかし、矯正税では減らせば減らすほど節税になるため、食品ロス削減のインセンティブがより持続されます。
そのため、環境面で考えても矯正税の方がメリットが大きいと言えます。
2つ目の市場重視政策
「排出権取引」という言葉を知っているでしょうか?
これは「100トン排出する権利を○○円で取引する」というものです。
買い手はお金と引き換えにより環境を汚染する権利を手に入れ、売り手はお金と引き換えにより厳しい環境保護政策を求められます。
近年では温室効果ガスの文脈で、各国間での二酸化炭素排出権の取引が盛んになっています。
中国が大量の排出権を購入したという話はまだ耳に新しい情報です。
【例題2】
あるとき、政府が食品ロスに対し矯正税ではなく指導・監督政策をとります。
「法律施行の3年後の時点で30000トン以上の廃棄を行う企業に対し、営業停止処分にする」と発表します。
それを受け、和食料亭Xは早急に新システムを開発し、食品ロスを年間20000トンに激減させることに成功しました。
しかし、洋風居酒屋Yはそれがうまくいきません。法律が施行されてから2年後の時点でYは年間36000トンの食品ロスを出していました。
それを聞きつけたXの主人はYの主人にこんな話を持ちかけます。
「うちの食品ロス7000トン分の排出権を買わないか?」
<解説>
この取引にYが応じれば、あとは政府が食品ロスに関する「排出権取引」を認めるだけとなります。
この7000トン分の廃棄をYが行っても、それは市場全体の食品ロスには変化を及ぼしません。
それどころか「排出権」という新しい財が生まれていることになります。
この取引を認めることにより、市場には新しい「価値」が生まれるのです。
財が生まれ、そこに自由な競争状態が成立すれば、自ずと市場はその最適化を行います。
すなわち、排出権の適正な配分が市場によって実現されるというわけです。
この意味で排出権取引は非常に有効な施策の一つと言えます。
矯正税と排出権取引
一見性質の違うものに見えますが、前述の「矯正税」と「排出権取引」は本質においては同じものです。
矯正税を高くすると、市場の排出量は減少する代わりに排出量1単位あたりの価格も高くなります。
逆に、矯正税を安くすれば、排出量は上昇する代わりに1単位あたりの価格も安くなります。
ところで、排出権の供給は政府が「どれくらいの取引なら認める」ということで決定されます。
そのため、排出権の供給を政府が増やせば市場の排出量は増え、排出権の価格は低下します。
逆に、供給を減らせば市場の排出量は減少し、排出権の価格は上昇します。
(矯正税高)→排出量減、価格上昇
(矯正税安)→排出量増、価格低下
<排出権供給量増>→排出量増、価格低下
<排出権供給量減>→排出量減、価格上昇
このように政府の操作によって同じ結果が得られるという点において、両者はよく似た政策だと言えます。
環境はお金では買えないのか
しかし、排出権取引には反対意見もあります。
というのは「環境はお金で取引されるものではない」という考え方です。
きれいな空気や太陽の光、きれいな水を享受することは、人間の基本的な権利なのだからその権利を売買することなどできない、というわけです。
この考え方は経済学においては無視されます。
というのも、私たちは環境の豊かさが損なわれるのと引き換えに、経済的発展や技術的発展という豊かさを得ているのです(トレードオフ)。
環境の豊かさを享受するために、薪で火を起こすところから始めようという人は少ないでしょう。
つまり、経済学は「汚染は決してなくならない」というところから出発しているのです。
そこから始めて、「では市場がより妥当な汚染レベルを決定するにはどうすればいいのか」という議論をします。
そのための施策の一つが排出権取引なのです。
外部性に対する公共政策
外部性に対する公共政策には、大きく2つの種類があります。
それは指導・監督政策と市場重視政策です。
前者は政府がトップダウンで規制をかけることで外部性に対処するものです。
しかし、これを成功させるのは難しく、経済学は市場重視政策を推します。
この政策には矯正税や補助金制度、そして排出権取引が挙げられます。
排出権取引に関しては懐疑論もありますが、これを認めることにより、市場が「環境汚染の価格」を決めてくれる、と経済学は言います。
まとめ
○指導監督政策→政府が直接市場に干渉
・規制/禁止を行う。
→これを成功させるためには「どれだけ汚染しても問題ないか」を決定するために、市場の情報をすべて為政者が把握しなければならない(実際的に不可能)。
○市場重視政策→政府は外部性を内部化するためのインセンティブを与える
・矯正税/補助金制度
→適正額を設定できれば市場が社会的費用及び価値に見合った均衡点を導き出してくれる。
・排出権取引
→排出権の供給量を政府が設定するだけで、市場が適正な「環境汚染のレベル」を決定してくれる。
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