経済学の十大原理
経済とはカネ、モノ、サービスの流れのことであり、その法則性を考えるのが経済学という学問です。
とはいえ、これだけではまだ経済学がどんなことを考える学問なのか、はっきりとは見えてこないでしょう。
そこで、ここでは経済学を定義する10個の大きな原理について見ていきます。
アメリカの経済学者であるニコラス・グレゴリー・マンキューは「経済学の10大原理」を提唱しています。
ここでは、このマンキューの10大原理に沿って経済学を解説していきます。
これを理解すれば、「経済学を使って世の中を見る」の意味がより明確になるはずです。
第1原理:人々はトレードオフに直面している
トレードオフとはある選択によって、それとは別の選択肢を失うことです。
私たちは自らの意思によって何を選び何を失うかを決定しています。
このトレードオフとの対峙が積み重なって、経済は大きく動いていくのです。
人生は基本的にトレードオフで成り立っています。
缶ジュースを1本120円で購入したとき、その120円で買えたはずの小松菜を失うことになっています。
あるいは160円の電車賃を節約して、徒歩30分の距離を歩いた場合、電車を使って10分で着いていた場合よりも20分の時間を失うことになります。
前者であれば120円をジュースに使うか、あるいは小松菜に使うかのトレードオフ、後者であれば240円というお金を節約するのか、20分という時間を節約するのかのトレードオフになっているのです。
このような日常的なトレードオフはイメージしやすいかもしれません。
では、さらにスケールを大きくして政策立案におけるトレードオフを例題を使って考えてみましょう。
【例題1】
社会主義は、全ての所得を均等に分配することによって公平な世界を実現するためのシステムです。
しかし、同時に「いくら働いても同じ所得なら頑張りたくない」という人が増え、結果としては全体の所得の合計は少なくなってしまうという欠点があります。
この時、社会主義は何と何のトレードオフに直面しているでしょうか。
<解説>
答えは効率性と公平性です。効率性とはこの場合GDPです。
最も効率のいい政策は資本主義です。
「儲ければ儲けるだけ自分のものになる」というシステムですから、人々は競って儲けようとします。
しかし、それと同時に資本主義は「弱肉強食」の原理が働き、公平性が失われてしまいがちです。
この時政府は効率性と公平性というトレードオフに直面しており、効率性を選べば公平性を失い、公平性を選べば効率性を失うという状況にあります。
トレードオフだけでは経済は語れない
現在の日本の政府を見てもわかるように、世界各国はこのような簡単なトレードオフの選択だけで政策を決定してはいません。
例題に即して言えば、政府は国全体の労働効率性が落ちる(GDPが低下する)というだけの理由で、「じゃあ貧困層は無視しよう」という決定を下すわけではないからです。
第1原理で重要なのは、トレードオフという概念が私たちの選択に常に関与しているのを知ることです。
「何かを選べば、何かが失われる。」この大前提のもとに経済は考えられています。
第2原理:あるものの費用は、それを得るために放棄したものの価値である
放棄したものの価値を機会費用と呼びます。
例えば、缶ジュースを120円で購入する際、放棄したものの価値は120円だけではありません。
その日の夕飯に並ぶはずだった小松菜のお浸し、それを食べたことによる満足感、あるいは小松菜に含まれる諸々の栄養素、その全てが機会費用として考えられます。
第2原理で最も注意すべきは、いま缶ジュースの例で見たように、機会費用とは非常に複雑であるという点です。
缶ジュース1本を買うのにもこれだけの機会費用があるということは、政治的な決定には想像を絶する機会費用があることを知らねばなりません。
機会費用と、それによって得られるものを比較検討して、どちらを選ぶのかを選択するというのは第1原理のトレードオフです。
第3原理:合理的な人々は限界原理に基づいて考える
経済学の大前提は、「人間は合理的である」です。
実際には合理的ではない場合もありますが、原則として合理的であると想定しているのです。
そのうえで成立する第3原理が限界原理というもの。
合理的な人たちは限界的な便益(メリット)と限界的な費用(コスト)を天秤にかけて、コストに対してメリットが大きい場合にのみ、その選択を行うというルールです。
例えば、私たちは休日に丸一日中寝ているか、丸一日中遊んでいるか、どちらかを選ぶのではありません。
8時間眠って、5時間遊び、残りはぼんやりと過ごす、といったように微妙な調整をしながら選択をします。
この時、9時間眠って、6時間遊び、残りはぼんやり過ごすといったように細かく調整すること(限界的な変化)で私たちはさらに自分なりの選択をしていきます。
では、この限界的な変化が起きる場面を例題を通じて見ていきましょう。
【例題2】
ビール1杯の価格を350円とします。
仕事終わりの1杯目のビールを飲んだ時には1500円分の満足を感じるとして、そのあとビールを飲み続けた時の満足度の変化が次のようになるとしましょう。
限界原理に従って、この仕事終わりの晩酌を終えるとすると、何杯目で止めるのが合理的な人間でしょうか?
<解説>
答えは4杯目です。
この場合のビール1杯当たりの限界費用(コスト)は350円です。
1杯目、2杯目というビールの量を限界的な変化として、その変化によって限界便益が1500円、1200円という風に下がっていきます。
合理的な人間は限界便益が限界費用を上回っている時のみその選択をしますから、コストがメリットを上回る寸前の4杯目で注文を止めるのが正しい選択です。
限界原理とは 便益/費用>1 の時に成立する
500円の品物を300円で購入できれば人は「お得だ」と思うものです。
500円の品物を450円で購入できても、「ちょっと得した」と考えるでしょう。
しかし、それが600円だとしたら、普通の状況では人はその商品を買わないはず。
限界原理とはすなわち便益/費用>1の時に成立する、合理的な人間の経済行動の基準なのです。
もちろんここには「その費用を使ってその便益を得るのか否か=トレードオフ」、「金銭的価値以外の全ての費用=機会費用」の2つの原理も働きます。
そのうえで限界原理が成立すれば「選択が行われる」という仕組みです。
第4原理:人々は様々なインセンティブに反応する
インセンティブは「誘因」と訳します。これは人が何か判断や選択をする時の要因を指します。
日常的な例をあげれば、消費税が上昇して999円だったものが1027円になると途端に高くなったような気がして、買う気がなくなったという場合です。
このときのインセンティブは消費税の上昇を言います。
インセンティブは価格だけではなくて、他の多くのファクターにも含まれていて、人々の行動を大きく左右します。
いくつか列挙しておきましょう。
<例A>
1996年に起きたO157食中毒事件で、カイワレ大根が原因食材として取りざたされました。
これによって消費者はカイワレ大根の購入を一切しなくなります。
旧厚生省の行った発表がインセンティブとなって、風評被害を引き起こしたのです。
<例B>
現在たばこの健康被害が公共広告機構をはじめ多くのメディアで取り上げられています。
これは喫煙者に対するたばこの購買意欲を下げるためのインセンティブとなっています。
<例C>
「次のテストで平均80点以上採ったらお小遣い1000円アップ」と親から言われた子供が、一生懸命テスト勉強をした場合も「お小遣い1000円アップ」がインセンティブとなります。
インセンティブの使い方には要注意
アメリカで全ての新車にシートベルトの装着が義務付けられた時、実際に起きたのは事故件数の増加と歩行者の死亡数の増加でした。
これは、ドライバーにとって1回の事故のもたらすリスクが低下したために起きた現象です。
つまり、「事故をしても自分は死なない」⇒「無茶な運転をする」⇒「ドライバーは死亡しないが、歩行者は死亡する」という連鎖が起きたのです。
シートベルトの義務化がインセンティブとなって引き起こした結果です。
このように何がインセンティブとなってどんなことが起きるかは、予測しがたい部分もあることを覚えておきましょう。
人々の意思決定の4大原理
ここまで述べてきた第1原理〜第4原理は、人が意思決定をする際に「意識するとしないとにかかわらず行っている手続き」を可視化したものです。
経済学においてはこの「4つの原理に基づいて人は行動する」と、前提されています。
第5原理:交易(取引)は全ての人をより豊かにする
スポーツなどの競争とは違い「経済上の取引は関係者に対して相互の利益がある」と経済学は考えます。
交易によってそれぞれが得られるモノやサービスが多様化し、かつコストも大幅に低下するのです。
経済とはモノ・サービス・カネが、家計・国・企業の間を流れる現象であることから、そこにはこの交易関係を避けて通ることはできません。
この3者間でなくとも、家計同士、国同士、企業同士でも取引は恒常的に行われています。
例えば、それはAさん宅とBさん宅であったり、日本と中国であったり、マイクロソフト社とアップル社であったりと、実に様々です。
ではもし、この取引相手がいなかったとしたらどうでしょうか?
毎年お金と引きかえにお米をくれるBさんがいなくなれば、Aさんは自分でお米を調達しなくてはいけなくなります。
BさんにとってもAさんがいなくなればお米と引きかえに得られるお金を、別のところから調達しなくてはいけません。
こうしてみてみると、Aさん宅とBさん宅は、交易関係によってお互いの生活を豊かにし合っていると考えられるのです。
第6原理:通常、市場は経済活動を組織する良策である
アダム・スミスが『国富論』で書いたように、市場はあたかもそこに「見えざる手」が存在するかのように自動的に最善の結果を導き出します。
個人が自分勝手に欲しいものを欲しいと思った値段で購入したり、売却したりするだけでいいのです。
「それぞれが自分の思う合理的な経済活動を行っていれば、おのずと最善の生産量と最善の価格、最善の販売数が実現する」というのが経済学の立場なのです。
【例題3】
あるスーパーにキャベツの在庫が100玉あったとします。1玉あたりの価格が150円で販売しているとしましょう。
ある時「キャベツを食べると不老長寿になる」というデマがどこからか発表されると、瞬く間に在庫が10個になってしまいました。
しかし、なにせ食べれば不老長寿になれるのですから、キャベツが食べたい人はごまんといます。
するとある人が言います。「300円出すから売ってくれ!」。
またある人が言います。「1000円出すから売ってくれ!」。
さて、キャベツはこのあといくらで販売されるようになるでしょうか?
<解説>
答えはだいたい150円で落ち着くことになります。なぜでしょうか?
デマがまだ効力を持っている時期は、キャベツ農家も作れば恐ろしい値段で売れるので、作れるだけ作ります。
スーパーも仕入れれば仕入れるほど売れるので、在庫を200も300も抱えるでしょう。
しかし、デマが効力を失い、「キャベツを食べてもお通じがよくなるだけ」ということがわかれば、誰もキャベツ1玉に1000円も出さなくなります。
もちろん売れ行きも激減していくでしょう。するとスーパーも値段を下げますし、仕入れ量も減らします。
結果、デマも何もなかったころの在庫100玉、1玉150円という状況に落ち着くのです。
これが「見えざる手」による市場調整機能です。
社会主義経済がうまくいかないワケ
この原理を無視して、人為的な介入を行うと「見えざる手」が機能不全を起こしてしまいます。
それが社会主義の失敗でした。
前掲の例でいえば、社会主義国家の場合、国がキャベツ1玉500円と決めると、その価格でしか売買できなくなります。
すると、誰もキャベツを買わなくなり、作っても売れなければ作る人もいなくなります。
これと同じことが労働市場でも起きます。つまり、時給800円と定められれば、どんな仕事でも時給800円になってしまうのです。
キャベツを1時間に1000個収穫しても、10個しか収穫しなくても同じ時給。すると今度は真面目に働く人がいなくなってしまいます。
これでは企業としても、国としても成り立ちません。
結果、旧ソ連は崩壊し、中華人民共和国やベトナムなどは市場原理を導入せざるを得なかったのです。
第7原理:政府が市場のもたらす成果を改善できることもある
第5・6原理を見るとあたかも市場が万能かのように見えますが、全てを市場に任せきりにしていては経済は最適化できません。
前述のアダム・スミスも、政府の市場への介入を批判しながらも、国防や司法行政、公共事業などは国の仕事であると言います。
これには「権利の保護」、「効率性」、「公平性」という3つの観点が必要です。
以下の3つの例を通じて見ていきましょう。
【例題4】
Aさんが自分の農地で毎年1000個のトマトを栽培しているとします。
しかし、そのうち500個は隣の家のBさんが毎年強奪していくため、Aさんはいつまでたっても報われません。
そこでCさんに頼んでBさんから農地を守ってくれるよう頼みました。
AさんはCさんへの報酬をトマト200個で支払いました。
それを知ったBさんはCさんをトマト200個で買収して見逃してもらい、例年通りトマトを500個強奪します。
結果Aさんのその年の収穫は300個。
さて、この状態から抜け出すにはどうすればいいのでしょうか?
<解説>
答えは「所有権を保護する法律を作る」です。
ここで登場するのが政府の警察力、司法力、立法力です。
すなわち「人のものを強奪すれば罰せられる」というルールによってAさんの所有権を保護する役割です。
この場合、Bさんはもちろん、Cさんも契約違反で罰せられるでしょう。
このように「頑張っている人が報われる世の中」を維持するためには政府による「権利の保護」が必要なのです。
もしこれがなければ、Aさんはいずれトマトの栽培を止め、結果的に誰もトマトを食べられない世の中になってしまいます。
【例題5】
所有権の保護を政府から受けたAさんは10年後、その地域では右に出る者がいないほどの巨大トマト農家に成長しました。
すると、Aさんはトマト1個当たりの価格を他のトマト農家が到底実現できないほどの安値で販売します。
Aさんのトマトに対抗できない他のトマト農家は軒並みトマト生産を中止し、転作していきます。
そこで、Aさんはすかさずトマトの値段を釣り上げました。
結果消費者はどんなにトマトが高くてもそのトマトを買わざるを得なくなってしまいます。
これは正常な市場とは言えません。どうすればいいのでしょうか?
<解説>
答えは「独占禁止法を施行する」です。
Aさんが自分の利益を追求した結果、トマト市場の効率が損なわれています。
これを是正するのが政府の役目です。
独占禁止法はAさんのような大企業が自分の強い立場を利用して、小さなトマト農家や消費者を苦しめるような商売を行うことを禁止する法律です。
これによってAさんの恣意的な商売による「見えざる手」の機能不全を防ぐのです。
この過度な「市場支配力」がもたらす状況を「市場の失敗」と呼びます。
自己の利益を追求した結果にもかかわらず、市場が最適化されなかったという意味です。
この市場の失敗には他に環境汚染のような「外部性」も挙げられます。
利益を追求して機械製品の生産を加速させた結果、まったく関係のない工場の近隣住民が公害に悩まされる、と言った状況です。
これも利益の追求が市場の最適化(幸福の総量の増加)につながらなかったという意味で、「失敗」と言われます。
【例題6】
独占禁止法を受けたAさんは、トマトだけに特化するのを止め、キャベツやピーマン、ズッキーニなどにも手を広げていき、さらに10年後には大金持ちになっていました。
対して20年前Aさんからトマトを強奪していたBさんは、仕事もなく貧窮にあえいでいました。Aさんからすれば自業自得です。
しかし、このままではBさんは餓死してしまうでしょう。どうすればいいのでしょうか?
<解説>
答えは「社会福祉を導入する」です。
この状況は社会福祉の観点から考えると「公平性を欠いている」と言えます。
この際にAさんから税金を徴収して、そのお金を福祉という形でBさんに支給するという政府の市場への介入は正当化されます。
この時どの程度政府の介入を許容するのかは、それぞれの国家によって違います。
日本では救急車は税金を支払っていれば無料ですが、アメリカでは有料です。
消費税や法人税などが非常に高い北欧諸国では、医療や教育などがほとんど無料で受けられる国もあります。
これをどのように考えるかはそれぞれの政治哲学によって判断しなくてはなりません。
市場への参加者の影響関係
私たちが市場において何かしらの意思決定をするとき、必ずと言っていいほど自分以外の影響を受けます。
それが交易・取引関係におけるものであったり、市場原理=見えざる手であったり、政府の介入であったりします。
しかし、各々が正常に機能している限り、それは個々の利益を損ねるどころか、向上させる効果があります。
私たちは経済という大きな流れの中で意思決定をすることで、自分の生活をより豊かにしていくことができるのです。
第8原理:一国の生活水準は、財・サービスの生産能力に依存している
ある国の国民の生活水準は、その人たちの「生産性」に大きく左右されます。
生産性とは言うまでもなく、1時間に1人が生産する財・サービス(価値)を指します。
これが高くなればなるほど、国民の生活水準も上昇します。
例えば、2012年の日本の労働生産性(就業者1人当たり名目付加価値)は71,619ドルです。対して米国の値は112,917ドル。
OECD加盟国で最も高い値はルクセンブルクの128,281ドルでした。[日本生産性本部;日本の生産性の動向2013年版より]
この3国の平均所得を比較すると、ルクセンブルクが73,035ドル、アメリカが55,708ドル、日本が40,798ドルとなっています。[グローバルノート]
他の国とも比較すると完全に「生産性の水準=平均所得」とは言えないものの、概ねこの考え方が正しいということは十分に可能です。
また、生産性が上昇すると生活水準も上昇するのと同様、生産性が下降すれば生活水準も同じ動きを見せます。
2008年度の日本の労働生産性は3.3%のマイナス成長を記録しており、その翌年も0.5%のマイナス成長です。[日本生産性本部 日本の生産性の動向2014年版]
対して平均所得はと言えば2008年度は1.6%のマイナス成長、2009年度になるとかろうじて0.4%の成長を記録しています。[厚生労働省 平成22年国民生活基礎調査の概況]
これに関しても概ね、生産性の上下と生活水準の上下は連動していると言えるでしょう。
つまり、政策を立案をする立場にある人は、国民の生活水準を向上させようと思うのであれば、生産性の向上を第一に考える必要があるのです。
これは国のみならず、企業や家計に対しても同じことが言えます。
一人一人の生産性が上がれば、社員や家族の生活水準も上昇していくでしょう。
第9原理:政府が紙幣を印刷しすぎると、物価が上昇する
紙幣が政府によって過剰に供給されると、紙幣そのものの価値が下がり、結果的にモノの値段が上昇します(=インフレーション)。
第一次世界大戦後のドイツでは、賠償金や各国の軍事行動等の事情で膨大な量の紙幣が発行されたために、1923年11月には1ドル=4.2兆マルクという途方もないインフレーションが起こっています。
当時のドイツでは卵1個を買うのに320兆マルクが必要でした。[第二次世界大戦資料館より]
お金の価値がこれほどまでに変動すると言うとピンと来ないかもしれません。
これを日常的なモノに置き換えて考えておきましょう。
【例題7】
Aさんがバナナ10本を持っています。対してBさんが米10kgを持っています。
AさんはBさんにバナナ5本と米1kgを交換してほしいと持ち掛け、Bさんは承諾しました。
1か月ほど経ったバナナの収穫時期。今年は豊作でバナナがあちこちで余り、誰でも簡単にバナナを手に入れられるようになりました。
その日もAさんはバナナとお米を交換してもらおうとBさんに話を持ち掛けると、今度はBさんが「バナナなら、1kgあたり20本は欲しい」と言い出しました。
Aさんはバナナを5本しか持っていなかったので、泣く泣く250gの米と交換してもらい、家に帰りました。
これを紙幣に置き換えて考えてみるとどうなるでしょうか?
<解説>
これは500円で米1kgを購入できていたところが、政府が紙幣を過剰に発行したために、1円当たりの価値が下がり、2000円で米1kgという相場になった、という状況と同じです。
「政府が過剰に紙幣を発行した=バナナが豊作だった」と考えれば、紙幣の供給過剰と物価上昇のメカニズムがかなりわかりやすくなるはず。
貨幣経済にどっぷりつかっていると忘れがちですが、経済の基本は「等価交換」です。
バナナでも貨幣でもその原則は同じなのです。
インフレーションはたびたび起こっている
インフレの定義は「持続的な物価上昇」です。
そのため程度の違いこそあれ、景気が良くなっている場所ではインフレは常に起こっているのです。
それが1920年代のドイツでは異常な程度で発生し、アベノミクス下の日本では緩やかに発生していたというだけのことです。
第10原理:社会は、インフレと失業の短期的トレードオフに直面している
インフレが起きると、それに連動して失業率が低下します。
インフレのこの効果は発生から1〜2年の短期的なスパンに起きるもので、経済学ではこの仕組みを以下のように説明しています。
貨幣量の増加
↓
支出の増加(財・サービスへの需要の増加)
↓
企業による雇用の増加 ←☆失業率の低下
↓
生産量の増加
↓
企業による価格の引き上げ
貨幣量が増加すると家計にいきわたるお金の量も増え、それが支出を刺激します。
こうして増加した需要を受けて、企業は価格を引き上げますが、同時に生産量を増やすべく雇用を増やすのです。
これが失業率を低下させるという仕組みになっています。
この一連の流れを日本銀行の金利「公定歩合」を例に考えてみましょう。
【例題8】
日本銀行は民間の銀行にお金を貸す専門の銀行です。
日本銀行の金利を「公定歩合」と呼び、この公定歩合を調整することで日本銀行は日本のお金の量を調整しています。
仮に公定歩合が5%から2%に下がった時、市場ではどのようなことが起こるか考えてみましょう。
<解説>
答えは以下の通り。
1.公定歩合が下がる
↓
2.民間の銀行の金利も下がる
↓
3.企業が事業拡大のためのお金を借りやすくなる
↓
4.生産量増加のために雇用増加が必要になる
↓
5.失業率が減少する
1によって民間の銀行が日本銀行にお金を借りやすくなり、それが3へと繋がっていきます。
この時市場に出回るお金の量は増加します。それが4.5へと繋がるわけです。
経済政策は景気そのものを大きく左右できる影響力を持っているのです。
アメリカのオバマ大統領も、就任当初に起きたリーマンショックを受けて、減税政策と政府支出の拡大によって市場に出回るお金の量を増やし、失業者の低減を図ろうとしました。
短期的には失業率減、長期的には?
インフレを意図的に発生させる公定歩合の引き下げや、減税政策・政府支出拡大などは、確かに短期的には失業率の低減に効果を見せます。
しかし、第9原理でも見たようにインフレが過剰になると経済はあっという間に破滅の方向へと導かれていきます。
お金の力というのは怖いもので、例えば日本ではかつてバブル期の真っただ中で湯水のようにお金を手にした人々のうち、大半の人がその危機に気づけなかったのです。
これはリーマンショック前のアメリカでもそうでした。
経済政策の効果の大きさは、同時にその反動の大きさも示しています。
政策立案者はもちろん、それに従って動く私たちも経済全体の動きを把握しながら身の振り方を考える必要があるのです。
経済学の十大原理をまとめて見てみよう
経済学の十大原理は「意思決定のプロセス」「市場参加者の影響関係」「経済全体の動き方」の3つのセクションに分かれています。
それぞれ第1原理〜第4原理、第5原理〜第7原理、第8原理〜第10原理で分けて考えられます。
合理的な判断を前提とした市場参加者は、あちこちからインセンティブを受けます(第4原理)。
それらを踏まえて限界原理に基づいて(第3原理)、機会費用とそこから得られる便益を比較検討し(第2原理)、どのトレードオフを選択するかを決定する(第1原理)のです。
こうした市場参加者は単独で存在しているのではなく、国・企業・家計という大きな区分とそれぞれの区分の中での無数の参加者とたがいに影響関係を持っており、その影響関係によって参加者はより豊かになっていきます(第5原理)。
その影響関係を「交易(取引)」と呼び、それが行われる場所を「市場」と呼びます。
基本的に市場は参加者の利益追求によってより良いものになっていきますが(第6原理)、時に政府の介入による是正が必要となります(第7原理)。
政府の介入のうち、貨幣量の増加はインフレーション(物価上昇)を招きます(第9原理)。
インフレは短期的には失業率の低下をもたらしますが(第10原理)、長期的には弊害にもなりやすく、政策立案者は注意が必要です。
また、生産性を向上させることにより、国民の生活水準を向上させることもできます(第8原理)。
政策立案者のみならず、市場参加者が経済全体の流れを理解することで、よりよい意思決定が可能になります。
ここで解説した経済学の十大原理は、最先端の経済分析においても非常に重要なポイントになってきます。
数学における四則計算のようなもので、これらを理解しているだけでも経済学を考えるうえで、あるいは経済的事象を考えるうえで大きな手助けとなるでしょう。
まとめ
・人々の意思決定の法則
第1原理:人々はトレードオフに直面している
第2原理:あるものの費用は、それを得るために放棄したものの価値である
第3原理:合理的な人々は限界原理に基づいて考える
第4原理:人々は様々なインセンティブに反応する
・人々の相関関係の法則
第5原理:交易(取引)は全ての人をより豊かにする
第6原理:通常、市場は経済活動を組織する良策である
第7原理:政府が市場のもたらす成果を改善できることもある
・経済全体の動きの法則
第8原理:一国の生活水準は、財・サービスの生産能力に依存している
第9原理:政府が紙幣を印刷しすぎると、物価が上昇する
第10原理:社会は、インフレと失業の短期的トレードオフに直面している
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