コミュニケーション(プロモーション)戦略③(プッシュ戦略とプル戦略) その2
<例>
食品関連の缶詰を製造・販売し、海外からの輸入も行っているA社は、近年の業績悪化に苦しんでいました。
そもそもA社は戦後まもなく創業した老舗ではありますが、その後の日本の経済発展により、食品を長期保存できる缶詰という製法が家庭における食品の中心から遠ざかってしまったという実情がありました。
そのため、取り扱う食品のバリエーションを増やすなどの工夫をし、長期保存もできる美味しい食品というコンセプトのもとに、これまで事業を拡大してきたのです。
冷蔵庫の普及だけでなく、スーパーや24時間営業のコンビニエンスストアの誕生は、A社にとってその都度改革を迫られるほどの痛手でした。
ただ、缶詰の中身を改良したり、価格を下げるという施策には限界があります。
美味しさと低価格を突き詰めれば、結局は熾烈な価格競争に巻き込まれてしまいますし、健全な経営を行うことは難しいでしょう。
A社は地道にファンを獲得しているブランドではありますが、それでも将来的な発展には苦慮している状態なのです。
そこでA社のマーケティング担当チームは、マーケティング戦略全体を再考して、商品の中身や価格を変えることなく成長できる方法を模索することにしました。
これまでの社内常識を捨て、缶詰業界の中で生き残っていくために、さらなる改革を断行する決意です。
まさに全社的な取り組みでした。
そのなかで、とくにマーケティングチームが注目したのは「コミュニケーション戦略」でした。
これまでA社は卸売業者や小売業者に対しては「人的支援」や「広告」、「プロモーション活動」などのマーケティング活動を行っていたのですが、消費者に対しては直接行っていなかったのです。
つまりA社は、プッシュ戦略に頼りきりで、プル戦略が実行できていなかったのです。
そのため、卸売業者や小売業者に対しても必要以上に配慮しなければならない状況が続いていたのです。
そこでA社は、消費者に対して直接行うプロモーション活動に力を入れることで、プル戦略を積極的に進めることにしました。
具体的にはテレビやラジオのCM、グルメ雑誌やインターネットサイトで積極的に広告を配信し、また、消費者の声が直接聞けるイベントなどの開催を通じて顧客との接点を増やしたのです。
その結果、徐々に消費者から指名買いされるようになり、競合他社との競争力に加え、卸売業者や小売業者に対する交渉力も増大しました。
<解説>
業種業態に応じて王道となるマーケティング手法は存在していますが、それが必ずしも時代の変化に耐えられるとは限りません。
社会の変化に対して敏感になり、新しいマーケティング手法を実践することによって、自社の競争力を高められることもあるのです。
コミュニケーション戦略としてのプッシュ戦略とプル戦略を上手に使い分け、A社は企業としての新たな立ち位置を確立しました。
このように、ときにはこれまでの慣例を根本から疑ってみることも大切なのですね。
【プッシュ戦略とプル戦略の使い分け】
プッシュ戦略とプル戦略は、双方がトレードオフの関係にあるのではなく、バランス良くミックスさせることで最適化を目指すべきものです。
両者をどのように配分するべきかは、次のような要素を検討するべきでしょう。
・製品の特性
・市場の浸透度
・市場の成熟度
・競合の状況
・自社の状況(強みや弱み)
・チャネル事情
たとえば、事例のA社のようにプッシュ戦略にばかり力を入れてしまえば、いずれは競争力や交渉力が弱まってしまうでしょう。
なぜなら、最終的な購買判断は消費者が行うのであり、いくら川下に対してマーケティング活動を実施しても、売れない商品を積極的に市場が流通してくれることはないのです。
反対に、プル戦略にばかり力を入れすぎてもいけません。
消費者から選ばれることは重要ですが、だからと言って卸売業者や小売業者が積極的に販売してくれるとは限らないのです。
ヒット商品などは一時的に優先して取り扱ってくれるかもしれませんが、継続的に良好な関係を築くためには、プル戦略だけでは不十分なのですね。
実際には、マーケティング活動全体として実践しながら、少しずつバランスを調整すると良いでしょう。
机上では測れない部分もありますので、流通チャネルや顧客との関係性に配慮しながら、また、自社の使える資源を考慮しつつ、最適化することが求められます。
【まとめ】
・コミュニケーション戦略には「プッシュ戦略」と「プル戦略」がある
・プッシュ戦略とは、流通過程の上から下に向かってプロモーション活動を行う戦略
・プル戦略とは、メーカーが消費者に直接アプローチすることで、流通過程の下から上に需要があがってくることを狙う戦略
・プッシュ戦略とプル戦略は、お互いにトレードオフの関係にあるのではなく、両者を適時適切にバランス良く行うことが大切
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